後継ぎ世代も無縁ではない認知症 経営や事業承継への影響と対策を解説
2025年には高齢者の5人に1人が認知症になると予測される日本において、経営者の判断能力が衰えれば、会社や個人の資産に関するあらゆる対策ができなくなるリスクが生じます。後継ぎ経営者も親世代や自分自身が認知症になる前に、対策する必要が出てきます。認知症による経営への影響を最小限にするための「終活」のポイントを解説します。
2025年には高齢者の5人に1人が認知症になると予測される日本において、経営者の判断能力が衰えれば、会社や個人の資産に関するあらゆる対策ができなくなるリスクが生じます。後継ぎ経営者も親世代や自分自身が認知症になる前に、対策する必要が出てきます。認知症による経営への影響を最小限にするための「終活」のポイントを解説します。
目次
親はいつまでも元気とは限りません。たとえば気づかない間に認知症が進行してしまったら、会社の経営も個人の財産も本人や家族の希望通りに動かせなくなってしまうことをご存じでしょうか。
できれば早いうちから、親子で事業承継の方針や時期を決めて、家族全員が理解、納得し、相続人同士が争わない仕組みづくりが必要です。特に経営者である親の終活は家族に大きな影響を与えます。
まずは、後継者であるM社長と会長の父親との会話から紹介します。これは、筆者が実際に聞いた話です。
M社長:おやじ、終活って知っているか? 経営者のための終活セミナーというのに参加してきたんだけど、老後になったら先々のことを考えて決めておいた方がいいらしい。相続に備えてどのくらいの財産があるのかも教えておいて欲しいんだけど…。
父親:終活~? おまえ、親の財産なんかをきいて一体どうするつもりなんだ? 親の財産をあてにしているんだろう。俺はまだ死なん! ボケてもない! 死んだときの話なんか考えなくていい。死んだあとはお前らが好きにすればいいじゃないか。
また、3代目社長のKさんは会社の経理を母親が一人で行っているため、今後に備えて会社や我が家のお金周りのことを教えてほしいとお願いしました。しかし、母親は「まだ早い。ボケないためにも私が頑張る」の一点張りだったそうです。
Mさんの父親もKさんの母親も75歳を過ぎていて立派な後期高齢者です。終活の話が早すぎることはないと思うのですが・・・。
筆者は日頃から相談を受ける中で、とても穏やかでおおらかな人だった人が年を取って怒りっぽくなったり、人の話を聞かなくなったりなどという話をよく聞きます。また、耳が聞こえにくくなった親が、疑心暗鬼になって周囲が文句や悪口を言っていると邪推して不機嫌になったり、聞こえないのにわかったふりをしたりして、後日トラブルを起こしてしまうということもあります。
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後継者世代は「親父のやつ、いくら言っても聞いてくれない!」と腹が立ちますが、よくよく親御さんの状況を考えてみると加齢によるものなので仕方がないと言えるのかもしれません。
親世代が年齢を重ねるごとに事業承継や終活は難しくなります。子どものころから育ててもらった親、会社を引っ張ってきた先代としてリスペクトしながらも、親が若くて元気なうちから少しでも早く進めるという自覚が、あとあと困らないために必要です。
認知症が進行して判断能力が衰えれば、会社や個人の資産に関するあらゆる対策ができなくなり、親の終活や事業承継を妨げる大きな要因となります。
認知症は極めて身近な問題です。厚生労働省はホームページで次のように説明しています。
日本における65歳以上の認知症の人の数は約600万人(2020年現在)と推計され、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されており、高齢社会の日本では認知症に向けた取組が今後ますます重要になります。
厚生労働省ホームページ
65歳未満で発症した若年性認知症者数も3万5700人と推計されています。後継ぎ自身にとっても認知症は決して無縁とは言えません。
親の認知症が進行し経営に関する意思決定ができなくなったら、次のような問題が起こる可能性があります。
そもそも、個人財産を家族のために動かせなくなってしまうので、相続対策ができなくなってしまいます。
たとえば、相続対策として現金を不動産に変えて相続財産の評価を下げる、子や孫へ贈与して財産を減らす、生命保険に加入して納税資金を確保するなどはすべて契約行為になります。認知症が進み判断能力がなくなれば行えなくなるのです。
同じように事業承継も契約行為になるので、基本的には社長の交代や自社株の贈与・売却などもできなくなります。
経営面では代表取締役が認知症になると意思能力の欠如から、新しい契約を結べなくなります。社長が認知症になって、配偶者や子が会社経営をしても、すぐには問題にはならないかもしれません。ただし、代わりに代表社印を押すなどの行為は文書偽造に該当し、後々トラブルが発生する可能性があります。
「すでに事業承継対策をしている」という方も、それだけでは安心できない事態が発生する恐れがあります。
たとえば、こんなケースが考えられます。
父親はすでに後継者を決めて自社株も渡し、遺言書を書いていたとします。そして、父親は後継者に対し「必要になれば自分の自宅を担保にしてお金を借りてもいいし、貯蓄もそこそこあるので必要な額を貸してやる」などと話しています。日頃のコミュニケーションも良好です。
「これなら大丈夫」と誰もが思っていましたが、その父親は突然脳梗塞を発症してしまいました。幸い手術も成功して退院したのですが、その後、物忘れが多くなったり様子がおかしいと感じたりすることがありました。
もし、父親が認知症を発症し、銀行にお金を引き出しに行ったもののATMの使い方がわからなったらどうでしょう。
本人では取引が難しいと銀行が判断したら、本人も家族も資産には基本的に手が付けられなくなってしまいます。そうなると、財産管理や様々な手続きを行うために「法定後見人」を付けることになります。
法定後見人は家庭裁判所が選任します。家族がなれればいいのですが、最高裁判所によると、様々な条件により、現在では後見人の約80%を弁護士や司法書士、行政書士など親族以外の専門家が占めています。
そうなると、日常に必要なお金も含めて後見人がすべての財産を管理することになります。たとえ父親の意思でも、会社のため、家族のために財産を使うことはできなくなってしまうのです。
もちろん、会社がお金を借りるために父親名義の土地を担保に設定することや、会社がピンチになったときに父親のお金を借りることも一切できなくなってしまいます。
それは、法定後見人の役割が本人の財産を本人のために維持管理することだからです。父親の土地に抵当権を設定したり、お金を貸したりする行為は、父親の財産を危険にさらす可能性があります。本人以外の家族のための贈与や相続対策に向けた借り入れ、不動産の担保提供、積極的な資産運用はできなくなるのです。
後見制度には前述した「法定後見制度」と、「任意後見制度」の二つがあります。
法定後見制度は本人に判断能力がなくなることで家庭裁判所が後見人を選任しますが、任意後見制度は本人に判断能力がある元気なうちに自分で後見人を選任しておくものです。
家族にとって、両制度の内容は大きく異なるので以下の表をご覧ください。
法定後見制度 | 任意後見制度 | |
---|---|---|
制度の開始 | 家庭裁判所により後見人が指定されて、所定の手続きを終えてから開始 | 本人の判断能力が低下してから開始 |
財産管理(※) | 財産の把握や帳簿の記入、または家庭裁判所への報告など | 契約内容による |
代理権 | 財産に関する法律行為について、包括的に権限を持つ | 契約の範囲内に限る |
後見人報酬の金額 | 家庭裁判所が決定 | 契約の中で決定 |
(※本人の預金や不動産等の財産を管理し、生活するために重要な資産を保全することです。原則として「財産の現状維持」が前提なので、不動産の売買などは事前に家庭裁判所の確認を取らなければなりません)
任意後見制度だと、本人が信頼できる後見人を選ぶことができ、自分に判断能力がなくなった時に取るべき対応について、事前に契約の中に織り込めます。すべてに対応できるわけではありませんが、本人の希望をある程度かなえることができるのです。
たとえば、判断能力が無くなって後見が始まると、通常役員を継続していくのは難しいですが、後継者と任意後見契約を結んでおくと、会社と本人の状況を踏まえながら徐々に事業を引き継ぐことができます。
また、成年後見人だと事業や本人の状況をわからない人が実権を握ってしまいますが、後継者と任意後見契約を結んでおけば、本人の立場を考慮しながら財産全般と生活面の両方を守ることができます。
早い段階で事業承継や相続の対策を講じれば、仮に経営者が認知症になってしまっても、経営への影響を最小限に抑えられます。
親が元気で若いうちに進めておくべき対策には、以下のようなものがあります。
まず、一つ目は生前贈与という形で土地・建物等の財産を後継者へ承継することができます。
次に、最近は財産の一部を信託することで、判断能力がなくなっても託された子どもなどが財産を動かすことのできる制度もあります。信託とは、信託契約を交わして財産を第三者に管理してもらう仕組みです。例えば子や配偶者と信託契約を結び管理を任せて、収益は本人が受け取ることができます。信託契約の中に「死後は〇〇にこの財産を相続させる」という文言を入れることもできます。
さて、冒頭で紹介したMさんとKさんには、まずはご自身でわかる範囲で承継の対策を進めてみることをお勧めしました。
そのためには、ご自身が実行したいことについて不明な点を親に具体的に質問しながら進めていくことがポイントです。個別具体的な質問なら答えざるを得ないからです。
たとえば次のような質問です。
「おれ、預金がほとんどないんだけどおやじに万が一のことがあったときに相続税が払えるかな。わかる範囲で計算してみたら〇〇円くらいじゃないかと思うんだけど払えるか心配なんだ。自社株の評価がよくわからないんだよね。払えなければあそこの土地を売ればいいのかな?」
そういう質問をぶつければ、「お父さんはあなたを受取人にして3千万円の生命保険に入っているから、それで払えるはずといっているよ」という具体的な話になるのではないでしょうか。
この時、けっして頭ごなしに話をするのではなく、タイミングを見計らい環境を整えてから進めていきましょう。あくまで、リスペクトと感謝を忘れずに話すことが大切です。
もう一つ必要なのは、親に話す際の環境にも配慮することです。話し合いの場に親が信頼する人、たとえば親族、経営者仲間、専門家らに同席してもらうことも有効です。この場合はあらかじめ十分な下話をしておきましょう。
前述したMさんは税理士と共に父親と話をして、少しずつ対策が動き始めたようです。
これまでは親の認知症にスポットを当ててきました。しかし、昨今増えている若年性認知症を考えると、40代から万一に備えた承継リスクを考えておく必要があります。
身近な例だと、認知症の初期の段階では、面談や打ち合わせの約束を忘れたり、必要な書類が準備できなくなったり、社員や取引先へのパワハラが目立つようになったりする例があります。
私の知り合いも60代で若年性認知症を発症しましたが、急に人格が変わったと経営者仲間や仲の良い友人たちが離れていきました。後々認知症のせいだとわかりましたがどうすることもできません。
高齢者であれば、周囲は認知症を疑いますが、40代であれば人格が変わったと周囲には判断されてしまいます。こうなると、対外的に信用問題となり、社員のモチベーションも下がります。
万一は常に想定されるので準備が必要です。ご自身でもおかしいと思ったら診断を受けてみるべきです。その上で、若年性認知症と診断されれば、自分に変わって事業を継続してくれる後継ぎや社員を育てておく必要があるでしよう。
認知症は徐々に進行するものなので、判断能力があるうちに周囲の力を借りながら事業承継などの準備ができるはずです。
さて、最後に冒頭で紹介したKさんですが、経理関係のことを母親から引き継ぐために母親が毎月行っている作業を一覧表にして、母親と話しながら修正を加えているところだそうです。
「一覧表を作ってくれ」と母親に言うだけだと動いてくれませんでしたが、自分自身が一覧表を作成したことで随分気が楽になり協力してくれるようになったそうです。
次回は「ポジティブ終活の落とし穴」です。刻々と変わる会社や家庭の事情には、臨機応変に対応することが必要です。離婚や親きょうだいとの関係悪化などにどのように対応していくのか考えます。
たとえば、離婚の際には自社株も財産分与の対象になることがあります。終活にもPlan (計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を活用しましょう。
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