「私がタクシー業界でDXを推進していると、年配の方からは『おじいさんが作ったタクシー業界を変えてしまって恥ずかしくないのか』と言われることもあります。しかし、祖父の考え方はきっと正反対です。『まだタクシーをやっているのか、動きが遅いぞ』と言われることでしょう」
「私は3代目としてのほほんと生きてきましたが、大学時代にいよいよ『この先社長になるんだ』と考えるようになり、アメリカでMBAを習得しました。それからマッキンゼーで3年働き、『ビジネスは勉強をすればできる』という考えのもと、それらしいバッジをそろえていきました」
「『日本交通の経営はなっていない』と感じることが多く、あちこちに怒鳴り散らしているうちに社内で干されてしまいました。自分の考えが受け入れられないならやってられないと、若気の至りもあり小さなタクシーベンチャーを立ち上げました。上場させて日本交通を買ってやろうというくらいの勢いでしたが、結果的には4億5千万円の累積赤字を抱えてしまい、もう一度日本交通に戻ることになりました」
「バッジだけで企業経営はできない。MBAだろうがマッキンゼーだろうがリアルなビジネスでは関係なく、結果を出さない限り認められないと思い知ることになりました」
自らタクシーのハンドルを握る
「ここでやるしかない」と強く決意したという川鍋さん。しかし、いざ社長になっても思い通りにならないことばかりだったそうです。
「日本交通の社長として一生懸命経営に取り組んでも、乗務員さんたちはなかなか私の話を聞いてくれません。『成果も出ているのに、なぜこんなに聞いてもらえないのか』と、しばらく悩みました」
そこで川鍋さんは、乗務員の心情を理解するためにアンケートをとったそうです。
「『なぜ乗務員をやっているか』という質問への答えで最も多かったのは『適当な仕事が他になかった』というもの。そして『なぜ日本交通に入社したか』という問いには「家が近いから」という、極めて消極的な回答が多数を占めていたのです」
「自分は30年間思いを募らせ家業に入りましたが、周りで働いている人たちは、タクシー業界を、日本交通を仕方なく選んだ人ばかりでした。どうすればこのような人たちと心を通わせられるかを考えた末に、私自身が1カ月間タクシー乗務員として働きました」
「これをきっかけとして、『ここまでやるのか』『本気で変えようとしている』と、少しずつ従業員の私を見る目が変わっていきました。次第に、成果が出ると『ありがとう』などと返されるようになり、乗務員と心が通い始めたのです」
結果を出すためのポイント
これまでコスト削減、採用改革、交通安全プロジェクトなど色々な取り組みを進めてきた川鍋さん。結果を出すためのポイントは次の3つだと話します。
1.大事なものより、結果の出やすいもの。
「オーナーであり3代目であっても、最初は誰も信じてくれません。他での実績は関係なく、従業員にとって大事なのは『俺の生活をどう良くしてくれるのか』ということだけです。当時、採用プロジェクトにおいて小さな工夫ながら分かりやすい成果を出したことで従業員からの評価につがりました。まずは小さなことであっても、成果を示すことで信頼度の向上につながると考えます」
2.真剣に1つより、気軽に3つ。
「3つ取り組めば1つくらい当たるものです。10個やれば3つくらい当たります。しかし、どれが当たるかはやってみなければわかりません。真面目に1つだけをやって、それが失敗してしまうとショックは大きく、なかなか撤退できなくなってしまいます。色々と取り組み、良いものを残す姿勢が大事です」
3.結果が出たら、周りに言いまくる。
「『これ僕がやりました』などと周りにアピールしていると、『この人ならやってくれる』『改革してくれる』という期待感が生まれます。皆さんも、部下からの提案に対しては、内容よりも誰が持ってきたかを重視してしまいがちではないでしょうか。『この社員なら上手くいくだろう』と期待して提案を許可することと同じで、期待感を持たせるためには自分から周りに言っていくべきです」
同時に始めた3つの事業
従業員との信頼関係を構築した川鍋さんが次のフェーズを目指したのは、とある方からの言葉がきっかけだったそうです。
「2010年ごろ、TSUTAYA創業者である増田宗昭氏に話を聞いていただく機会があり、これまでの取り組みをお話ししました。増田さんからは『頑張ってるじゃないか。偉いよ。でも、君はそろそろ次のステップに取り組んだほうが良い。マイナスをゼロに戻すのも大事だけど、新しい市場を開拓して、新しい領域で右肩上がりに成長していくことが本当の経営なんだ』という言葉を掛けられました。そこから1年間何をすべきか必死に考えた末、翌年に3つの事業を同時にスタートさせました」
「1つ目はデイサービス事業です。高齢化社会が進む中であり、労働集約産業であることからタクシーとの共通点もあると考えました。しかし、大々的に立ち上げたものの残念ながら1年後にはクローズすることになります。しかし、あっさり1年で撤退する判断ができたのは、同時に開始した2つの事業が好調だったからに他なりません」
「2つ目が、観光、病院への送迎、お子様だけの利用など専門的なサービスに特化したEDS(エキスパート・ドライバー・サービス)という事業です。これはそれなりに成長し、今でも続いています」
「そして一番上手くいったのが、3つ目のタクシーアプリです。グループ会社で開発し、2011年1月に「日本交通タクシー配車」を、12月には全国版姉妹アプリ「全国タクシー配車」(後の「JapanTaxi」アプリ)をリリースしました。2011年、3つの事業を同時に立ち上げましたが、アプリの反応は突出して凄いものでした」
シリコンバレーでの衝撃
日本で最初のタクシーアプリを手掛けた川鍋さん。しかし、視察のため訪れたアメリカで大きな衝撃を受けることになります。
「アプリのリリースから2〜3年が経ち、実績や評価も高まったことで、エンジニアを連れてシリコンバレーを訪れました。同じような事業を手掛ける『Uber』を視察したいと考えたのです。サンフランシスコ空港に降り立ち、いざUberを呼びました。そこで到着したのがタクシーではなく、一般の車によるライドシェアだったことに大きな衝撃を受けました」
「『じっちゃんの代からやってきたタクシーが無くなってしまうかもしれない』という、今まで感じたことのないショッキングな出来事でした。それまではタクシー業務の一部としてアプリを手掛けていましたが、この出来事をきっかけとして『アプリを本業にして、タクシーを進化させなければならない』というスイッチが入りました」
「しかし、自分はテクノロジーに疎く、いまだに録画予約も妻に頼んでいるほどです。そこで、エンジニアたちと会話するために何が必要かを考え、タクシー乗務員を経験した時と同じく『郷に入っては郷に従え』という考えのもと、プログラミングを学ぶことを決意しました」
「そこからはプログラミングスクールに入り、1週間朝から晩までみっちりとプログラミングを学習しました。その結果分かったのは『自分は200回生まれ変わってもエンジニアにはなれない』ということでした」
「会社経営では、指示を出すと皆が理解してその方向に動いてくれます。しかし、プログラミングは行間を読んでくれません。推察しろと言ってもできず、1文字違うだけで動かないのです。今までエンジニアに対して感覚的に出した指示に対して、その理由ばかりを求められていた原因が納得できるようになりました。タクシー乗務員を経験したときと同じようなプラス効果がありました」
ライバル企業との合併
2023年現在1,000万ダウンロードを記録しているタクシー配車アプリ「GO」は、当時ライバルだったアプリ「MOV」と「JapanTaxi」アプリの合併事業統合によって誕生しました。アプリの統合経緯について、川鍋さんはこう話します。
「好調なときにこそ、ライバルが現れます。タクシーアプリにおいてライバルだったのが、DeNAが手掛ける『MOV』でした。我々の強みはタクシー分野で、向こうの強みはアプリの分野と、その特徴にははっきりとした違いがありました」
「2年ほどのライバル関係が続いた後、マッキンゼーの先輩でもあるDeNA創業者の南場智子さんに合併事業統合の話を持ちかけ、『GO』の誕生に至ります。今は自分がMobility Technologiesの会長で、かつてのライバルだったDeNAの中島宏さんが社長に就任してくれています。中島さんと一緒に働くようになり、その優秀さを痛感しているところです」
変化に恐れず立ち向かってほしい
最後に川鍋さんは、中小企業経営者に向けて、「変化はコントロールできない、ただその先頭に立つのみ」というドラッカーの言葉を贈りました。
「変化って嫌なものじゃないですか。私も初めてUberを見たとき、『ようやく借金を返して祖父の会社を残せると思ったのに、根こそぎひっくり返されてしまう。勘弁してよ』と思いました。でも、仕方がないのです。この変化に立ち向かうしかないのです。その方向に心が決まって一生懸命やっていると、まわりの人が助けてくれてなんとかなるものです」
「ビジネスパーソンで成功している人は、恥を恐れない人のほうが多いです。リスクを考えすぎて身動きがとれないのではなく、新しいことをバンバンやっていく。だからこそ成功します。みなさんも、難しいことを考え過ぎず、変化に立ち向かってほしいと思います」
「中サミ2022」勉強会を開催
ツギノジダイでは23年2月7日、「中サミ」の講演をもとに中小企業の採用力を高める勉強会を、東京都中央区築地の朝日新聞東京本社で開催します。
LINEの青田努さん(Organization Successセンター People Experience Designer)の講演「採用に強い中小企業は何をしているか」を振り返り、視聴します。その後、参加者によるグループワークなども行い、参加者同士で気づきをシェアします。
詳しくは下記のリンクをご覧ください。
「中サミ2023」、7月に開催決定
23年7月には第2回目となる「日本を変える中小企業リーダーズサミット 2023夏(仮)」の開催が決定しました。
次回は3日間の開催を予定しています。第1回でフォーカスしたDXや人材獲得、売上向上、トレンドに加え、新規事業開発、働く環境の改善、販路拡大など中小企業の成長を後押しする講演を充実させる予定です。詳しい内容は、後日公表します。