離婚・相続トラブルが招く経営リスク 後継ぎへの影響や対策を解説
親族が経営に関わるファミリービジネスにおいて、離婚や親きょうだいとの相続トラブルなどは経営リスクに直結しかねません。「ポジティブ終活」5回目は少し視点を変えて、刻々と変わる会社や家庭の事情に後継ぎが臨機応変に対応するために必要な知識を、実例を交えながら解説します。
親族が経営に関わるファミリービジネスにおいて、離婚や親きょうだいとの相続トラブルなどは経営リスクに直結しかねません。「ポジティブ終活」5回目は少し視点を変えて、刻々と変わる会社や家庭の事情に後継ぎが臨機応変に対応するために必要な知識を、実例を交えながら解説します。
目次
後継ぎの皆さんは、離婚が経営に危機をもたらすかもしれないことをご存じでしょうか。まずは筆者が離婚経験のある男性経営者から直接聞いた話を紹介します。
「髙橋さん、離婚後はすっからかんだよ。会社も家庭もうまくいっていると思っていたんだけどね。妻も会社の役員をしていたから自社株を持っていて、離婚のときに大変だったよ。もっと早く知っていれば対策もとれたんだけどね」
「事業の万一に備えて役員報酬の一部を積み立てていたんだけど、経理をしていた妻から離婚の際に、それも財産分与の対象と言われてね。会社の万一に備えたものだから見逃してもらえないかと思ったけど、妻は全部わかっていたからね。顧問弁護士からもしょうがないですねと言われて、半分渡したよ……」
このように、経営者や後継ぎ世代が万一に備えて準備していたことが、思わぬリスクになってしまうこともあります。その一つが離婚なのです。
相談された皆さんは、想定以上に金銭的な打撃が大きかったといいます。時間をかけて離婚協議を重ねれば違った結果になったのかもしれませんが、話がまとまらずもめる時間やその際の労力を考えると、早く妥協して前に進みたいという気持ちになったからだともいいます。
厚生労働省が公表している「令和3(2021)年人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、21年における婚姻件数は50万1116組で、離婚件数は18万4386組でした。離婚予備軍も考えると、後継ぎにとって対策は必須とも言えます。
2019年の司法統計によると、男女ともに離婚理由のトップは「性格の不一致」でしたが、筆者が男性経営者から離婚理由を聞くと、7位にランクされた「家庭を顧みない」と言われたケースが多かったです。
経営者にとって配偶者との離婚には、想定外のリスクが伴います。夫婦の一方が経営者の場合、一般家庭の離婚とは異なる点がいくつかあるということです。次章から順を追って解説します。
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まず、経営者は毎月の役員報酬が高額な場合が多いということがリスクとして挙げられます。中小企業の場合、経営者の妻が役員だったり、経理事務などで事業にかかわっていたりするケースが少なくありません。
そのため、離婚の際には以下が大きなポイントとなります。
財産分与とは、離婚する際に夫婦が結婚生活の中で協力して築き上げた財産を公平に分配することをいいます。わかりやすく説明するために以下の問題を解いてみて下さい。
【問題】経営者の太郎さんは、親の財産を相続して個人事業を営んでいるときに結婚。その後、法人化しました。それからしばらくして妻と不仲になり、離婚協議に入ることになりました。では、太郎さん名義の財産で以下のどれが財産分与の対象となるでしょうか。
- 太郎さんが事業でも使っている個人名義預金
- 太郎さんが加入している小規模事業共済
- 太郎さんに対して会社が持っている債権
- 太郎さんの持つ自社株
答えは「全部」になります。
離婚の場合に「財産分与」の対象になる主な財産には、以下が挙げられます。
個人事業主に関しては、自社株という概念が無いため、婚姻後に築いた財産は財産分与の対象となります。また、事業用に使っている財産(事業用の口座、土地、建物、器具備品など)も、基本的に財産分与の対象になります。
経営者に関してはまず、財産を正確に把握することが重要です。特に、動産(家財道具等)、有価証券(株式等)、退職金(将来受け取るもの)について、注意が必要です。
動産に関しては高価な家具などはもちろん、夫婦の一方が高価な時計・宝石などの貴金属を保有している場合にも対象財産となります。
有価証券については、保有する株式などが対象にとなりますが、経営者の場合は自社株も財産分与の対象となります。中小企業は経営状態や資産状況によって1株当たりの価格が高額になることもあります。
夫が会社の代表者で妻を役員を務める会社だと、夫だけではなく妻も株式を保有している場合が少なくありません。
例えば、夫が会社社長で自社株の3分の2、妻は3分の1を保有しているとしましょう。もし、妻が離婚後も自社株を保有したままだと、議決権の行使で経営に影響を与えるリスクがあります。
このような場合は、自社株の妻の持分を夫が適切な時価で買い取るなどが重要になります。
役員が退任するとき退職金を支給するために会社を契約者、社長を被保険者として保険(長期平準定期保険等)で準備しているケースが多いです。
これは、役員報酬として受け取るよりも退職時に退職金として受け取ったほうが税制上有利になるということもあるからです。そのため、退職金も財産分与の対象となってしまいます。
また、小規模の会社経営者や個人事業主のための退職金制度として「小規模企業共済」があります。この制度は個人名義で積み立てていくものなので、離婚時には当然財産分与の対象になります。
そもそも、夫婦で会社を経営し、配偶者が会社の取締役や監査役などの役員になっている場合、夫婦のいずれかが離婚を求めて別居を開始、あるいは離婚が成立したからといって、役員報酬の支払いを停止したり、役員を解任したりすることはできません。
一方で離婚後も株を保有したままにしたり、役員の立場をそのままにしたりすると、会社の方針を決定する時に、元配偶者に承認を求める必要が出る可能性があります。
それはお互いに嫌なものでしょうから、離婚時に株主総会によって配偶者を役員から解任する手続きを行う、配偶者から辞任届などを提出してもらうということも必要になるでしょう。
離婚時の対処は、社内外からも注視されているはずです。誠意を尽くしたスマートな対応を心掛けてください。
知人の離婚専門の弁護士に聞くと、配偶者から離婚を切り出されたときに相手の話をじっくり聞いて、家族に寄り添うことができれば離婚に至らないケースが少なくないといいます。
離婚した場合の財産分与などの金銭面や、協議するための時間と心身のダメージを考えると、お互いの立場を思いやり、結婚生活に妥協点を見いだすことをお勧めしたいです。
もちろん、結婚生活が破綻しており婚姻生活の継続が難しいのであれば話は別です。
次に想定外の経営リスクが伴うものとして、相続についても関しても解説します。まずは筆者が扱った事例を紹介します。
親の終活のためにコンサルティングをした後継者のAさんには、小規模の企業を経営しているご両親と、結婚後に遠方に住むお姉さんがいました。
今後の遺産分割の話になった際、Aさんが「姉夫婦は共働きで義兄は大企業を定年退職したばかり。お金には困ることはないため、財産分与は必要ないと思う」と言われました。数年前にAさんがお姉さんと親の遺産分割について話した際にも「万一の際には、事業の後継者であるAさんに任せると言ってくれた」とのことでした。
私からはAさんに再度お姉さんの意向を確認してほしいと依頼しました。
というのも、人の考えは時間の経過とともに変わりますし、「そもそもそんなつもりで言ったのではない」ということが多々あります。思い込みで話を進めてしまうと、後々トラブルになることが多いからです。
それからしばらくして、Aさんはお姉さんから「地元に住んでいるあなたが親の自宅(財産価値は期待できない)や事業(自社株を含む)を継ぐんだから、私には預貯金を相続させてくれ」と言われ、がくぜんとしたそうです。
Aさんにしてみれば、引き継ぐ予定の財産は自分の自由にはできないものばかり。せめて相続税の支払いのためにも預貯金は半分ずつ相続したいと考えていました。
なぜなら、自社株や先代社長の会社への貸し付けは相続しても、原則使えないお金だからです。
一般的に社長の年収は高いというイメージがありますが、年収は小企業で約600万~800万円、中企業で約1千万~2千万円が一般的。資金不足に陥れば個人の預貯金で対応しなければならないこともあります。親きょうだいだから話せばわかるというものではありません。
親の終活が中途半端だと後継者本人の終活も台無しになってしまいます。相続トラブルに備えて事前準備は怠りなく進めておきましょう。
このように、他の相続人から「後継者ばかりが遺産をもらっていて不公平」と主張されて、トラブルになるケースはよくあります。
また、後継者に「すべて相続させる」という親の遺言書が逆にトラブルとなり、他の相続人から遺留分(遺言によっても奪うことのできない遺産の一定割合の留保分のこと)を主張され、調停や訴訟になるケースもあります。
では、きょうだい間の相続トラブルを防ぐにはどうすればよいでしょうか。それは、後継者であるあなたが以下の四つのポイントを理解し、タイミングを見計らって実践することです。
なぜ死亡保険が必要なのか、第三者の税理士などを交えて先代に説明する必要があります。死亡保険金はみなし相続財産となり、指定された受取人に支払われます。
会社の資金繰りが厳しい場合、経営者個人から会社に資金を貸し付ける場合があります。このような貸付金も相続財産になるため、回収できる見込みが低くても相続税が課税されます。生前の対策が必要です。
たとえば、債権放棄などで相続財産から除外する、株式に転換して評価額を引き下げることで会社貸し付けをなくして、相続税を下げることができます。
相続人全員の合意のうえで、自社株式を遺留分の算定の対象から除外(除外合意)するか、遺留分算定時の自社株式の評価額を合意時点のものに固定(固定合意)します。
◇
相続の場合には、感情の行き違いなどからトラブルが発生してしまうと、解決は難しくなります。親が元気なうちになるべく早く対策を取ることが大切です。日頃から周囲とコミュニケーションをとり、万一の際にも話ができる土台を築いておくことが必要です。
経営における不安の種は常にやってきます。今回取り上げた離婚や相続のトラブルだけでなく、不安の種にはPDCAサイクルを回して対策を取ることをお勧めします。
後継ぎ自身の「ポジティブ終活」にもPDCAの活用が必須です。そして、ポジティブ終活で浮き彫りになった自社の弱点に対して対策を講じることで、より良い未来につながると確信しています。
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