「忙しい経営者」が生産性を落とす 属人化を防ぐマネジメント術を解説
中小企業経営者の皆さんに質問です。「毎日忙しく働いていますか?」。このシンプルな問いに、「経営者なのだから忙しいに決まっている」と反論したくなったかもしれません。しかし、その「忙しさ」の背景には、属人化という問題が潜んでいる可能性があります。属人化の何が問題で、どうすれば脱却できるのか。そしてDXにどうひもづけるのか。組織コンサルティング会社・識学の上席コンサルタント・渡會剛至さんが、実際の企業事例などをもとに解説します。
中小企業経営者の皆さんに質問です。「毎日忙しく働いていますか?」。このシンプルな問いに、「経営者なのだから忙しいに決まっている」と反論したくなったかもしれません。しかし、その「忙しさ」の背景には、属人化という問題が潜んでいる可能性があります。属人化の何が問題で、どうすれば脱却できるのか。そしてDXにどうひもづけるのか。組織コンサルティング会社・識学の上席コンサルタント・渡會剛至さんが、実際の企業事例などをもとに解説します。
属人化とは、社内で特定の社員にしかできない仕事がある状態を指します。社員一人ひとりの役割が明文化されず、仕事が個人にひも付いているせいで優秀な人に仕事が集まってしまうのです。これが属人化の原因です。製造業の会社で属人化が起きやすい印象があるでしょうが、人的資本に限りがある中小企業は、業界を問わず属人化しやすいと言えます。
では、属人化の何が問題でしょうか。「その社員が辞めたら仕事が成り立たない」、「社内にノウハウがたまらず、再現性がなくなる」などと言われますが、これらは問題の本質ではありません。確かに、特定の業務を担当していた社員が離職してしまうと短期的には困るでしょう。しかし、それはあくまで短期的に見れば、です。一度に大量の社員が辞めでもしなければ、いずれその穴は誰かが埋めます。
属人化の最大の問題は、優秀な社員に仕事が集中し、誰でもできる業務にも時間を取られて、会社全体の生産性が落ちてしまうことです。時給5千円の人に本棚の整理をさせるようなもの、と言えば分かりやすいでしょうか。厄介なことに、属人化は放っておくとどんどん進行してしまいます。社長は社長にしか、部長は部長にしかできない仕事をして、会社全体のパフォーマンスを最大化するべきです。
もう一つ、属人化には社員の成長機会を奪うという問題もあります。成長とはできなかったことができるようになること。責任を与えられ、ストレスと向き合って努力した社員だけが成長できますが、部下にさせるべき仕事を上司が肩代わりしている属人化した組織ではそれもかないません。
冒頭、経営者が毎日忙しく働いている会社では属人化が起きている可能性があると述べました。経営者は社内で唯一、自分の仕事量を調節できる立場にいます。上司がいないので、突然仕事が増える心配はありません。極端な話、経営に関する全ての決断を部下にさせることもできます。それなのに忙しいということは、部下に仕事を任せられないだけではないでしょうか。経営者のその姿勢こそが属人化を助長しています。
能力の高い経営者が忙しい毎日から抜け出し、自分にしかできない仕事に集中できれば、大きく会社が発展すると思いませんか。次章からは、属人的な組織を脱却するための方法を、具体的に解説していきます。
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仕事が個人にひも付く状態が属人化です。その解決策として「仕事内容を明文化する」、「マニュアルを作成する」、「DX化してAIに任せる」などが考えられそうです。いずれも正解ですが、ここで大切なのはその順番です。順番を間違えると、すべてが台無しになってしまいます。
では、何から取り組むべきかというと、社内ルールの整備です。誰もが能力に関係なく守れるルールを作り、それを社員に順守させてください。我々はこれを「姿勢のルール」と呼んでいます。
姿勢のルールは会社にとって有益であれば何でも構いません。ただし、守っているかどうかが誰の目から見ても明らかな形にしましょう。「帰社時には机の上にキーボードとマウス以外を置かない」、「オンラインミーティングをする際は開始時間の3分前までに入室する」などです。
姿勢のルールの順守によって「部下が上司の指示に従う」という関係性ができます。この体制を構築しておかないと、スムーズな組織改革は実現しません。
次にするべきは仕事の明文化です。会社に必要な機能を洗い出し、経営者を含めて、各階層、ポジションごとに仕事内容を細かく書き込んでいきます。このとき、管理職に仕事が集中しないよう注意してください。管理職の仕事はマネジメントに他なりません。原則、配下のメンバーでもできる仕事は任せてしまいましょう。
各階層の社員が果たすべき仕事内容を書き出したら、成長フローも明文化します。「係長級、課長級、部長級の社員は全員この能力がある」といった共通認識がないと、安心して仕事を任せられません。
成長フローは「ルール、社員の顔と名前を覚える」からスタートし、「適切な言葉遣いができる」、「電話応対ができる」、「お客さまと商談ができる」のようなステップを経て、「1カ月で100万円を売り上げる」、「5人以内の部下をまとめ、1カ月間で600万円を売り上げる」といった段階まで細かく作っていきます。
ここまでできれば、いよいよマニュアルの作成に移ります。どこにどんなマニュアルが必要か、各階層の責任者が検討し、責任を持って作成しましょう。
ただし、管理職がマニュアルを作成してはいけません。「能力の高い人がマニュアルを作るべし」とはよくある誤解です。マニュアルは経験が浅く能力も低い社員のためにあるもの。そういう社員は優秀な人が作るマニュアルを見ても理解できないはずです。
といっても、仕事ができない人にマニュアルは作れません。その業務を最近できるようになったばかりの社員に作らせ、それを管理職が確認します。マニュアルの作成・更新を成長フローのなかに取り入れるのもいいでしょう。そうすれば、マニュアルは常に新しく、より詳しくなっていきます。
私がコンサルティングを担当したある小売業の会社は、業績が伸び悩み、苦しんでいました。その会社の経営者は「仕事の引き合いは多い、けれども人手が足りない」と言います。
しかし、社員20人のうち忙しそうに働いているのは経営者を含めた5人の幹部だけでした。他の社員は遊んでいるとまではいかないものの、明らかに手が空いています。言うまでもなく属人化が起きていました。
その経営者に、自分が本来するべきだと考える仕事と、直近の1~2週間の仕事内容を書き出してもらったところ、何と2割程度しか本来の仕事に時間を使えていないことが分かりました。
そこで、ここまで述べた通りの順番で組織改善を進めてもらったところ、コロナ禍の逆風にも負けず、2年間で売上高が180%も伸びたのです。
最近は、生産性向上の有効な手段としてDXが注目を集めています。DXは脱属人化にも資する取り組みなので、ぜひ経営者にお勧めしたいところですが、ここでも順番が大事です。
DXはマニュアルを作成した後に進めましょう。
勇み足でとりあえずタブレット端末を導入したとか、新しいアプリケーションを入れただけでDXをうたう中小企業は少なくありません。しかし本来、仕事を明文化し、マニュアルを使いながら仕事を回していかなければ、費用対効果は検討できません。お金だけかけて誰も新しいシステムを使わないとなっては最悪です。決して順番を間違えないでください。
DXに踏み切るか否かは経営者の判断です。現状で問題がなければ無理やりDXを推進する必要はありません。DXをしても、投じた費用と将来浮いてくるだろう費用をてんびんにかけ、明らかな違いが出るときにのみDXに踏み切ればよいのです。
あるクリニックに組織コンサルティングを行った結果、それまで多忙を極めていた院長は、手が空いたのでDXに着手しました。自分の時間が空くと、会社を改善するために何をすべきか目が向くようになるのです。
その院長が実行したのは、最も手がかかっていた予約受付の自動化です。電話やメールで受け付けていた予約を24時間ウェブから申し込めるようにしました。
続けて、会計業務の自動化にも乗り出し、受付カウンターに常駐するスタッフの数を最小化。人件費の大幅削減に成功しました。このような単純作業は特にDXに向いていると言えるかもしれません。
以上、属人化を防ぐためのマネジメント術を見てきました。ずいぶん遠回りに感じるかもしれませんが、急がば回れ。焦らず、順番に属人化を脱却しましょう。
識学上席コンサルタント 営業部
同志社大学文学部を卒業後、法務省矯正局に入省。非行少年の面談や行動観察、矯正教育のカリキュラム管理や行事運営などに13年ほど携わる。法務省退職後、注文住宅販売会社に入社して1年目でトップ営業となり、2年目で事業責任者を任される。その後は、個人事業主としてコンサルティング業に従事しながら学校設立を目指す中、組織作りに悩み、解決方法を模索しているなかで出会った識学のロジックに共感し、識学に入社。
(※構成・平沢元嗣)
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