目次

  1. スイスチーズモデルとは 事故の発生を可視化する概念
    1. スイスチーズモデルが示す安全対策は「穴を貫通させない」こと
    2. スイスチーズモデルとハインリッヒの法則の違い
  2. スイスチーズモデルでは穴をふさぐことが重要
    1. 事故や問題を未然に防げる
    2. 安全管理上の問題点を洗い出せる
    3. 安全対策をマニュアル化できる
  3. スイスチーズモデルにおける穴の見つけ方
    1. ヒヤリハットから想定
    2. 過去のトラブル事例を活用
    3. ロジカルシンキングを活用
  4. スイスチーズモデルで穴を通さないためには
    1. フールプルーフでヒューマンエラーを防ぐ
    2. 事故事例を社内共有する
    3. 複数の対策を立てる
  5. スイスチーズモデルを活用している事例
    1. 介護施設での高齢者の転倒防止
    2. クリニックでの薬の誤投与の防止
    3. 工場での薬品漏えい防止
  6. スイスチーズモデルを自社の安全管理に役立てよう

 スイスチーズモデルとは、事故やエラーがどのように発生するかを視覚的に示すための概念です。このモデルでは、安全対策やシステムエラーなどの防御策をスライスされたチーズの壁(層)として表現し、各層に不完全な部分=「穴」が存在すると考えます。

 事故が発生するのは、これらの層の穴が一列に並び、リスクが通過できるときです。つまり、一つの層の不備だけでは事故は起こらず、複数の層の不備が重なったときに事故やエラーが発生します。

スイスチーズモデルとは
スイスチーズモデルのイメージ図

 スイスチーズモデルが示す重要な安全対策は、複数の防御策や対策を設けて「穴を貫通させない」ことです。

 それぞれの防御策に穴があったとしても、複数の策があればすべての穴が一列に並ぶ可能性を減らし、エラーや事故の発生を防げます。

 例えば、作業手順の確認、機器の定期点検、従業員の教育訓練など、異なる角度からの対策を講じることで、単一のエラーが致命的な結果を引き起こさないように対処できます。重要なのは、常に多角的な視点からリスク管理を行うことです。

 スイスチーズモデルとハインリッヒの法則は、どちらも安全管理の概念ですが、アプローチが異なります。

 ハインリッヒの法則は、1件の重大事故の背後に29件の軽微な事故、300件のヒヤリ・ハットが存在すると示し、軽微な事故を減らすことで重大事故を防げるとします。一方、スイスチーズモデルは、防御策の層に注目し、それぞれの層の穴を通過するリスクが重なった時に事故が発生すると解釈します。

 つまり、ハインリッヒの法則は「発生頻度」に注目し、スイスチーズモデルは「(事故が起こる)構造」に注目しているのです。

 スイスチーズモデルにおいて、「穴」はシステムの脆弱性を示しています。そのため、複数の防御策を適切に配置して穴をふさいでリスクの顕在化を防ぐことで、システム全体の安全性が向上し、事故の発生確率が大幅に減少します。

 以下では、スイスチーズモデルの「穴」をふさぐことによる効果を三つ紹介します。

 スイスチーズモデルを活用すると、事故や問題を未然に防ぐことが可能です。このモデルでは、防御策の層が互いに補完し合い、単一のミスや故障が致命的な結果を招かないように設計されています。

  例えば、製造業では「機械の定期点検」「作業標準書の作成」「作業員の教育訓練」といった複数の防御策を組み合わせることで、機械の故障や人為的ミスによる事故を防げます。

 また、定期的なリスクアセスメントを実施し、新たなリスク要因を早期に発見・対処することで、潜在的な危険を事前に排除でき、事故の発生予防や安全な作業環境の維持が可能です。

 万が一、防御策が不完全で穴を完全に防げなかったとしても、リスクを最小限にすることはできるでしょう。

 スイスチーズモデルを用いることで、安全管理上の問題点を体系的に洗い出せます。

 このモデルは、各層の防御策がどのように機能しているかを視覚的に示すため、どの部分に穴(脆弱性)が存在するのかを明確に把握できるのが特徴です。

 例えば、生産ラインでのヒヤリハット事例を分析すれば、特定の工程や設備における安全上の問題点を特定し、改善策を講じることができます。また、従業員からのフィードバックや現場の観察を通じて、現実の作業環境における潜在的なリスクを発見することも重要です。

 これにより、全体的な安全性を向上させ、事故の再発防止につなげられます。

 スイスチーズモデルで安全対策を立案・記録することで、組織全体で一貫した安全基準を維持するマニュアルになります。

 マニュアルには、具体的な手順、緊急時の対応方法、定期的な訓練や点検のスケジュールなどが含まれます。これにより、従業員は自分の役割や責任を明確に理解し、日常業務の中で安全意識を高めることができます。

 また、マニュアル化することで新入社員への教育が容易になり、全体の安全文化を強化できるでしょう。

 重要なのは、マニュアルを一度作成したら終わりではなく、定期的に見直すことです。環境の変化や新たなリスクの発生に対応するために、現行の対策が効果的であるかを常に評価し、必要に応じて最新の情報や技術を反映させた改訂が求められます。

 スイスチーズモデルにおける「穴」を見つける際には、多角的なアプローチが求められます。ここでは、潜在的なリスクや弱点を早期に発見し、対策を講じるための「穴」の具体的な見つけ方を紹介します。

スイスチーズモデルにおける穴の見つけ方
・ヒヤリハットから想定する
・過去の事故やトラブル事例を活用する
・ロジカルシンキングによるプロセスの徹底的に検証する 

 ヒヤリハットは、「事故には至らなかったものの、事故の一歩手前で回避された事例」を指します。過去の体験事例の収集・分析は、スイスチーズモデルにおける「穴」を見つけるための重要な手段の一つです。

 ヒヤリハットの記録を活用した定期的なミーティングを実施することで、作業環境の改善、手順の見直し、設備の保守点検強化など、現場の声を反映させた具体的な対策を検討できるでしょう。

 また、ヒヤリハットを体系的に分類して再発防止策を講じれば、潜在的なリスクを未然に防げるため、安全文化の醸成とリスク管理の強化が図れます。

 過去のトラブル事例を活用することは、スイスチーズモデルの「穴」を見つけるための有効な方法です。

 例えば、過去の事故報告書やトラブル記録を詳細に分析し、同様のトラブルが再発しないよう技術的な改善や作業手順の改訂を行い、再発防止策を導き出します。

 また、これらの事例を従業員教育の一環として活用することで、全員が過去の教訓を学び、同じ過ちを繰り返さない意識を高められるでしょう。

 自社に過去のトラブル事例の蓄積がない場合は、他社で発生した災害や自社での類似事例から対策を立てることもできます。

 ロジカルシンキング(論理的思考)を活用することで、スイスチーズモデルにおける「穴」を体系的に見つけ出すことができます。

 ロジカルシンキングは、事象を因果関係に基づいて分析し、問題の根本原因を特定するための思考法です。

 以下のような手順で「穴」を特定して対策を練ります。

ステップ 実施内容
(1)事実の収集 事故報告書、目撃証言、作業手順書などを活用し、問題に関連するすべてのデータや事実を集める
(2)因果関係の分析 集めた事実をもとに、何が原因で問題が発生したのかを論理的に分析する
(3)仮設の設定 問題の原因について仮説を立て、それが実際に問題を引き起こしたのかを検証する
(4)対策の立案 原因が特定されたら、具体的で実行可能な対策を立案する

 例えば、現場で発生した問題を「なぜなぜ分析」で掘り下げることで、表面的な原因だけでなく、根本的な要因を特定します。また、フローチャートやマインドマップなどのツールを使用し、プロセス全体を可視化して検証すれば、見落とされがちなリスク要因や改善点を発見しやすくなるでしょう。

 ロジカルシンキングの活用は、単なる安全対策の立案に留まらず、長期的な視点でのリスク低減と組織全体の安全意識向上にも寄与します。

 スイスチーズモデルでは、見つかった「穴」を通さないための防御策が必要です。ここでは、防御策を講じる際のポイントを三つ紹介します。

 フールプルーフとは、ヒューマンエラーを防ぐための設計や対策を指します。作業者が誤った操作を行っても重大な事故やエラーを招かないようにするためです。

 例えば、マシンの操作パネルで間違ったボタンを押せないようにするインターロック機能や、入力可能な文字やファイル形式などを制限して誤入力を防ぐシステムなどがあります。

 また、重要な作業にはダブルチェック体制を導入し、複数人でミスを防ぐ仕組みを構築することも効果的です。さらに、定期的な訓練やシミュレーションを行うことで、従業員の意識向上と技術力の向上を図れます。

 ヒューマンエラーはゼロにできないからこそ、フールプルーフ対策はシステム全体の安全性を高めるための基本的かつ重要な手段となります。

 事故事例を社内で共有することは、全員が同じ情報を共有し、協力して安全な職場環境を築くための重要な手段です。

 過去の事故事例をデータベース化し、誰でもアクセスできるようにすることで、事例の教訓を学びやすくします。

 また、情報をただ共有するだけでなく、定期的に事故事例に関するミーティングを開催し、従業員全員が再発防止策を考える機会を意識的に設けることも重要です。

 事故事例は自社の事例だけでなく、類似の業界や業務における過去の事故・ヒヤリハット事例などの共有も有効です。継続することで組織全体の安全意識やリスク管理能力の向上につながります。

 一つの対策だけでは不十分な場合でも、異なる複数の対策を組み合わせれば、スイスチーズモデルにおける「穴」を通さない仕組みをより強固に構築できます。

 例えば、製造工程での安全対策としては、以下のような対策を同時に実施することがあります。

製造工程での安全対策の例
技術的対策 安全装置の設置
管理的対策 作業手順や使用する器具などの明確化
人的対策 従業員教育訓練の実施

 複数の対策を重層的に講じることで、事故発生の可能性を大幅に減らし、システム全体の信頼性と安全性を高められるでしょう。

 スイスチーズモデルを活用して、身近なトラブルへの安全対策を複数立案した事例を紹介します。

 介護施設では、高齢者が転倒することで骨折や打撲を負うリスクがあることから、スイスチーズモデルで複数視点からの対策立案が欠かせません。地方の介護施設での転倒防止策の一例を紹介します。

安全対策 内容
環境整備 ・通路や部屋に障害物となるものを置かず、家具配置も配慮
・床面に滑り止めを施工
転倒予防の訓練 ・定期的にバランス訓練や筋力トレーニングを行い転倒リスクを低減
スタッフの見守り強化 ・転倒リスクの高い利用者は、スタッフが定期的に巡回して見守りを強化
転倒防止用具の設置 ・歩行器や手すりなどの転倒防止用具を適切に配置

 医療施設では、患者への薬の投与ミスは命に関わる問題に発展する恐れがあるため、スイスチーズモデルによって複数の対策を講じる必要があります。地方のクリニックでの対策例を紹介します。

安全対策 内容
ダブルチェックの実施 薬の準備と投与時に2人以上のスタッフが確認する「ダブルチェック」体制を導入する
薬品の保管管理 薬品をラベル付きで分類し、誤投与を防ぐための明確な保管ルールを設定する
薬品管理システムの導入 電子薬品管理システムを導入し、投薬スケジュールや投薬履歴をデジタル管理する
定期的なスタッフ教育 薬の取り扱いや投与手順に関する定期的な研修を行い、スタッフ全員の知識と意識を高める

 危険物を取り扱う製造工場では、化学薬品の漏えいの防止策として、以下のような複数の対策を設けています。

安全対策 内容
薬品の厳重管理 ・化学薬品を専用保管庫に収納し、鍵付きで管理する
・入出庫記録を徹底する
作業環境の改善 ・作業場の換気システム強化で、有害物質の滞留を防ぐ
・定期的な換気システムの点検も実施する
作業者の防護具着用 ・作業時には防護具(マスク、手袋、ゴーグルなど)の着用を義務化する
緊急時対応訓練 ・有害物質漏洩時の対応マニュアルを整備する
・定期的に作業担当者向けの訓練を行う
・訓練では迅速かつ適切に対応できるように事前シミュレーションを行う
 

 スイスチーズモデルは、複数の防御策を重ねて事故を防ぐことを目指す手法で、安全管理において非常に有効です。

 それぞれの防御策はチーズの穴のように完全ではないため、単独ではリスクを完全に防ぎきれません。しかし、複数を組み合わせることで、穴が重なる確率を減らし、リスクを大幅に低減できます。

 自社の安全管理にスイスチーズモデルを取り入れ、効果的な事故防止とリスク管理を行って、安全な職場環境を築きましょう。