目次

  1. 半導体めぐり日米中で高まる緊張
  2. 最大の貿易相手国の中国 一部企業で撤退の動き
  3. グローバルサウスとは 連携深める日本
  4. グローバルサウスは政治リスクの動向に注視
  5. イランでも市民と警官が衝突
  6. 急増する人口に対応する雇用生み出せるか

 今日、世界では米中対立やロシアによるウクライナ侵攻、緊張が続く台湾情勢のように、海外に進出する、海外と取引がある日本企業を悩ます多くの地政学リスクが存在します。

 特に、米中の間では先端半導体を中心にテクノロジー分野の覇権競争が激化し、2023年以降、日本も先端半導体分野で米国と歩調を合わせる形で中国向けの輸出規制を強化しており、日中貿易の間でも不穏な空気が流れています。

 Bloombergが9月に入って報道したところによりますと、中国は日本が中国企業への半導体製造装置の販売や提供するサービスなどで今後さらに規制を強化すれば、経済的な報復措置を厳格化すると日本に警告しており、米大統領戦の動向も踏まえ、今後の日中の経済、貿易面への影響が懸念されます。

日中貿易の推移(輸出額は中国の通関統計による対日輸入額、輸入額は日本の財務省貿易統計による対中輸入額から)

 日本にとって今日でも中国が最大の貿易相手国であり、今後も中国との経済、貿易関係が重要であることは言うまでもありません。

 しかし、中国をめぐる不透明な国内外情勢から、一部の日本企業の間では脱中国を図る動きが広がっています。たとえば、モスバーガーを展開するモスフードサービスは6月末までに、個人消費の低迷などを理由に上海や福建省、江蘇省などにある全6店舗を閉店しました。

 三越伊勢丹ホールディングスも個人消費の低迷やネット販売の拡大などを背景に、2022年末の成都市の2店舗に加え、2024年4月に天津市にある伊勢丹2店舗、6月には上海にある1店舗を相次いで閉店しました。

 日本の大手自動車メーカーの間でも、三菱自動車が既に中国での車生産から撤退し、ホンダが四輪車の年間生産量を削減する方針を打ち出し、日産が江蘇省にある工場を閉鎖するなどし、USスチールの買収計画で話題になっている日本製鉄も7月、中国の宝山鋼鉄との合弁事業を解消し、中国事業からの撤退を表明しました。

 日野自動車はも9月末で、現地子会社が中国でのディーゼルエンジン生産から撤退すると発表しました。

 中国経済の成長率は鈍化し、不動産バブルの崩壊や若者の高い失業率など、中国経済の先行きは明るくなく、各企業によって撤退の具体的理由はまちまちであり、経営判断の中でどこまで地政学リスクに比重が置かれたかは分かりませんが、地政学リスクの流れと並行するように日本企業の動きが進んでいます。

 世界のパワーバランス(ここでは経済を意識した)の変化を踏まえると、今後はグローバルサウス諸国の影響力が高まり、世界の経済シェアにおいてもグローバルサウス諸国が占める割合が広がると予測されています。

有望国調査:中期的な有望国・地域 ランキング
有望国調査:中期的な有望国・地域 ランキング(国際協力銀行の公式サイトから https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2023/press_00148.html)

 その流れに沿うように、日本企業の間ではグローバルサウスへの注目が集まっています。2023年、国際協力銀行が発表した「日本企業にとって有望な進出国」に関する調査では、1位が2年連続でインドとなり、2022年の調査で4位だったベトナムが2位と順位を上げ、2022年の調査で2位だった中国は3位に順位を落としました。

 たとえば、トヨタ自動車のインド法人であるトヨタ・キルロスカ・モーターは7月、インド西部マハーラーシュトラ州政府との間で新工場の設立を検討する覚書を締結したと発表し、投資規模は日本円で3600億円とも言われます。トヨタはすでに南部カルナタカ州に2つの工場を所有し、昨年秋にもカルナタカ州に3つ目の工場を建設すると発表しており、インド強化を進めています。

 グローバルサウスとは、その厳格な定義や範囲は曖昧なところはありますが、簡単に説明すると一般的には途上国や新興国の総称で、東南アジアや南アジア、中東やアフリカ、中南米の途上国・新興国を指します。

 その中でもインドはグローバルサウスの盟主とも言われ、上述のように日本企業の間ではグローバルサウスへの注目が集まっています。

 理由としては、日本では少子高齢化が進む一方、グローバルサウス諸国では急速に人口が増加しており、要は若者の人口が増え、今後は労働市場の拡大と飛躍的な経済成長が期待されており、世界の企業の関心が集まっているのです。日本企業も新たな経済フロンティアの開拓としてグローバルサウスに注目しています。

日本政府が取り組む「グローバルサウス」との連携強化の方針
日本政府が取り組む「グローバルサウス」との連携強化の方針。日本はグローバルサウス諸国との連携を強化し、経済の振興等を図る観点からグローバルサウス諸国との連携強化推進会議を開催している https://www.meti.go.jp/information_2/publicoffer/review2024/kokai/2024gaiyo02.pdf

 しかし、グローバルサウスに日本企業の注目が集まることは歓迎するべきことではありますが、進出を検討する企業から相談を受けた場合、グローバルサウスには中国では発生可能性が決して高くない政治リスクの動向に注意を払うことを提言しています。

 筆者の周辺企業には、優先順位を中国からインドなどのグローバサウスに向ける動きが見られるのですが、グローバルサウス諸国の中には抗議デモや動乱、テロやクーデターなどの政治的暴力が現実的リスクとして考えられる(そもそも発生している)国々が少なくありません。

 中国では動乱やテロ、クーデターなどは決して発生可能性が高い政治リスクとは言えませんが、近年でもグローバルサウス諸国の中にはそういった政治的暴力が激化し、政権が崩壊する、国内の治安情勢が悪化するといったケースが断続的に見られます。

 最近ではインドの隣国バングラデシュで7月、公務員採用の特別枠の撤廃を求める学生らによる大規模な抗議活動が広がり、治安部隊との間で激しい衝突に発展しました。

 抗議デモはエスカレートするにつれ、当初の要求から長年にわたって権力の座にあり、強権的な統治を行ってきたハシナ首相(当時)の退陣を求める抗議デモへと目的が変わっていきました。

 学生らによるデモ隊は政府関連施設や警察署などを次々に襲撃し、略奪や破壊行為などが行われ、バスや電車などの公共交通機関の流れが麻痺し、ハシナ政権はインターネット接続を一時的に遮断するなど、大きな社会的混乱が生じました。

 その後、ハシナ首相は8月5日に国外逃亡を余儀なくされ、隣国のインドに脱出し、辞任に追い込まれました。公務員採用の特別枠の撤廃を求める1つの抗議デモがきっかけとなりましたが、SNSなどの通信手段によって一気に拡大し、短期間のうちに政権が崩壊するという事態にまで発展しました。

 今回のケースで死亡者数は1000人を超え、警官隊が若者たちを射殺したケースもあったとされますが、今回の抗議デモの背景には、若者の間で広がる経済格差、既得権益を握る長期政権への不満があると考えられます。

 しかし、これはバングラデシュだけではありません。例えば、中東のイランでは2019年11月、政府によるガソリン価格の3倍値上げに抗議する市民による抗議デモがSNSなどによって首都テヘランを中心に全土に拡大しました。

 一部の暴徒化した市民と警官隊との衝突が各地で起こり、市民数百人が亡くなったとされます。また、2022年9月には20代の女性が頭髪をスカーフで覆うよう定めた法律に違反したとして警察に逮捕され、その後留置所で意識不明となり死亡した出来事がきっかけとなり、それに抗議する市民によるデモが同じようにイラン全土に拡大し、警官隊は実弾を使用するなどして多くの犠牲者が出ました。

 これらの背景にも、経済的、社会的不満を強める若者たちの政府への根強い怒りや不満があったとされ、イラン政府は抗議デモを抑える目的でインターネット接続を一時的に遮断するなど、イランでは混乱が広がりました。

 上述の通り、グローバルサウスでは今後若い世代の人口が増加し、それによる労働市場の拡大と経済成長が期待されています。

 一方で、今後急速に増加する人口に見合うペースで新たな安定した雇用が創出されるかは現時点では未知数です。

 高学歴なのにはそれに見合う仕事に就けない、同じ世代なのに賃金で大きな差があるなど、若年層の間で今後いっそう経済的、社会的不満や怒りが増殖し、その矛先が長期政権などの既得権益層に向かう可能性が考えられます。

 SNSやネットなど先端通信網の世界的な普及により、アラブの春を経験したエジプトやチュニジアでは長期的な独裁政権があっという間に崩壊しましたが、今後もそういった政権が崩壊して国内が混乱する、崩壊まで至らなくても政情が不安定化するなどの事態が考えられます。

 そういった状況が日本企業の進出する国々で生じれば、例えば会社の駐在員とその帯同家族、出張者の安全が心配される状況となり、企業としては現地にいる社員の安全を徹底することが必要になります。

 抗議デモが全土に拡大するなどすれば、社員の出社を控えさせる、テレワークに切り替えさせる、帯同家族にも自宅待機を指示するなどし、社員の安全をまずは確保することが重要になります。

 また、混乱が長期的に続く、ミャンマーのようなクーデターのような状況になれば、社員の日本もしくは第3国への退避、さらに現地事業からの撤退を考える必要が出てくるでしょう。

 一方、グローバルサウスの国々と物品の取引を行なっている企業としては、こういった政治的混乱によってそもそも現地から必要品を調達できなくなる、現地に必要品を輸出できなくなる、そういった輸出入の動きが遅延するといった事態が考えられます。

 無論、グローバルサウスといっても国々によって政治リスクの度合いは大きく異なり、そういったリスクをそれほど考えなくていい国々もあり、要は、国家ごとに各論的視点でその動向を注視していくことが重要です。

 しかし、グローバルサウス諸国にはこういった政治リスクを持つ国々は決して少なくないので、日本企業としては政治リスクの動向にいっそう配慮する必要があるでしょう。