対馬の海洋プラを製品に変えたリングスター 100年後に向けて学校へ
1887年創業のリングスター(本社・奈良県生駒市)は、長崎県にある対馬の海岸に無数に打ちあがる海洋プラスチックごみを活用した収納ボックスやバスケットを製造しています。販売開始からまもなく2年で、海岸で回収された832kgの青いポリタンクをリサイクルして収納ボックスへと変え、売上の一部である83万円を対馬市に寄付しています。 こうした活動は、教育現場でも注目されており、学校で職業体験授業に協力する機会も増えています。
1887年創業のリングスター(本社・奈良県生駒市)は、長崎県にある対馬の海岸に無数に打ちあがる海洋プラスチックごみを活用した収納ボックスやバスケットを製造しています。販売開始からまもなく2年で、海岸で回収された832kgの青いポリタンクをリサイクルして収納ボックスへと変え、売上の一部である83万円を対馬市に寄付しています。 こうした活動は、教育現場でも注目されており、学校で職業体験授業に協力する機会も増えています。
目次
「現実は想像を絶する光景が広がっていました」
2022年9月、対馬市で開催されたスタディーツアーに参加したリングスターの唐金祐太取締役は、ニュースで見聞きしていた風景のイメージをはるかに超え、海洋プラスチックごみで埋め尽くされた海岸に言葉を失いました。
長崎県の対馬は、海流や季節風の影響により、日本で最も海洋プラスチックごみが漂着する場所の一つだと言われています。対馬に流れ着く海洋ごみは年間約3万~4万㎥にも上り、そのうちの7割がプラスチックごみだと言われています。
現在使われているほとんどのプラスチックは、自然分解されないため、取り除く必要があります。しかし、年数億円かけて清掃しても半年後には元通り。そんないたちごっこが続いています。
工具箱の製造販売を続けてきたリングスター。かつては木製や金属製の工具箱をつくっていましたが、1990年代からは射出成型(インジェクション)により、割れにくくて丈夫なプラスチック製の工具箱をつくるようになりました。
リングスターの強みは「現場でも20年以上使えるプラスチック製の工具箱」。自動車バンパー材をいち早く使いこなし、製品によっては本体部分が最大800kgの荷重にも耐えられます。 だからこそ自分たちを「プラスチックのプロ」と自負していました。
プラスチックの特性は軽くて丈夫なこと。戦後、一気に普及しました。しかし、対馬の海岸を目の当たりにした唐金さんは「人類を幸せにするために生まれてきたはずのプラスチックが嫌われ、将来的には使えなくなるのではないか」と危機感を感じました。
海洋プラスチックごみはPP(ポリプロピレン)やPE(ポリエチレン)、PC(ポリカーボネート)など、様々な種類が混ざり込んでいます。そのため、リサイクルしようとしても強度が弱く安定性に欠け、製品の原料に混ぜると不良率を上げてしまうリスクが見えてきました。
丈夫で割れにくいプラスチック製工具箱というリングスターの強みを失わずに、海洋プラスチックごみも活用するというギリギリを狙った結果、ポリエチレン製の青いポリタンクを10%分配合するという決断に至ります。
つまり、2kgのプラスチック製工具箱に含まれる海洋プラスチックは200g。これなら丈夫さを表す耐荷重数値は変わりませんでした。
試行錯誤を経て、2022年12月に製品化に成功し、2023年4月から販売を開始しました。海洋プラスチックごみの撤去に年数億円をかけている対馬市に対し、製品化できた海洋プラスチック100gにつき100円を寄付することも決めました。
新商品「対馬オーシャンプラスチックボックス」「対馬オーシャンプラスチックバスケット」は、従来品と比べると割高なため、唐金さんは、理念に共感してくれた個人のプロショップを中心に130店舗に卸しています。
初年度に製品化できたポリタンクは444kg。1500万円の売上となり、対馬市に寄付したあとも事業継続に向けて利益を残すことができました。
とはいえ、リングスターからすると、売り上げ規模は大きいとは言えませんが、唐金さんは「本業できちんと売上がある老舗企業だからできることだとも言えます」と話します。
一方で「脱プラスチックという大きな社会的な流れがあるなかで、人類はどうプラスチックと向き合うべきかを消費者と一緒に考えるこの事業は100年先を考えて取り組んでいます。そんなことができるのも私が後継ぎだからだとも言えます」
オーシャンプラスチックに対し、何か言いたげな様子を見せる社長である父に対しては「見守ってくれ」と伝えています。
唐金さんの活動は、商品開発にとどまらず、学校への出前授業や教育関係者の工場見学の受け入れにも広がっています。
きっかけは対馬市長が寄付のお礼に、リングスター本社のある奈良県生駒市を訪れたときのことです。生駒市長とも面会し、3者で話し合った結果、奈良県生駒市と長崎県対馬市が共同で海洋ごみの削減に向けた環境教育に取り組むことになり、環境省の「ローカル・ブルー・オーシャン・ビジョン推進事業」にも採択されました。
これまで市内の3小中学校で職業体験教室を開きました。生徒たちがリングスターの営業担当役となり、プロショップの店員に対し、実際に環境貢献と耐久性を両立させる商品をプレゼンテーションするという授業です。
プロショップの店員から「なんでリングスターがこの事業やる必要があるんですか?ほかの企業ではできないんですか?」というあえて意地悪な質問をされても、生徒たちは、「耐久性という製品の強みを持つ企業が、海洋プラスチックを何とかしたいという思いを持って取り組むことで長く続けることができるんです」などと臆することなく答えていました。
そんな様子を見ていた唐金さんは「いまの子どもたちは、本当によく考えています。ちょっと背中を押すだけで、一気に視野が広がり、できることが増えました」と感動していたといいます。
アンケートでは、次のような言葉が寄せられました。
プラスチックが悪いみたいな感じになっていたけど、人間の処理の仕方などにも責任があると思いました。それに、日本もゴミをたくさん出していると聞いて、自分達が見えていない事がたくさんある事を学びました。
プラスチックが流れてこないようにするには、言ってくださったように排出元を止めないといけないということがとてもそうだなと実感しました。やはり、自分は関係ないとは思わないことが大切なんだなと実感させていただきました。
脱プラ一辺倒ではなく、プラスチックとの共存を考えられるテーマが評判となり、リングスターには教育関係者からの見学も増えているそうです。
プラスチックが人類の敵になってしまわないよう、100年後も事業として続けられることを目標に、短期的な利益につながらない教育活動にも力をいれている、オーシャンプラスチック事業。
唐金さんは「価格競争に陥らず、価値を感じてもらうにはたくさんの人を巻き込むことが大切だと考えています」と話しています。
まず、身近にできることからと、製品のシール貼りについて福祉作業所への委託費を他社よりも大幅に引き上げることにしました。
「お願いしている仕事をコストとしてみなすのではなく、いっしょに製品を作っている人として新たな価値につなげたいと考えています。その価値を感じて製品を買ってもらえるようにするのが私の役割だと考えています」
海は、日本も含む諸外国からきちんと処理されずに捨てられたプラスチックごみが集まる終着地点です。そのため、1社の取り組みだけでは変えることができません。海に流れ着く前に、まず排出源を止める必要があります。
世界情勢に目を向けると、プラスチックごみによる汚染の防止をめざす国際条約(国際プラスチック条約)の締結に向けて、2024年12月、韓国・釜山で政府間交渉委員会が開催されました。
しかし、環境省の公式サイトによると、各国間の意見の隔たりが大きく、合意には至りませんでした。交渉は今後も続く見通しです。
一方、海洋プラスチックなどを減らすための政策研究は、各国の研究機関で進められています。
カリフォルニア大などの研究チームは2024年11月、今後、何も積極的な対応を取らなければ、不適切に捨てられるプラスチック廃棄物は倍増する一方、製品のリサイクル素材含有率を40%以上にするなどの政策介入をすることで、不適切に捨てられるプラスチックを大幅に減らすことができるというシミュレーション結果を米科学誌サイエンスに掲載しました。
具体的には、研究チームは、1950~2020年の環境中へのプラスチック流出データ、国内総生産や人口予測などをもとに、適切な埋め立てや焼却、リサイクルなどがされずに捨てられるプラごみの量を推定する機械学習モデルを開発しました。
積極的な対策をしなければ、2050年には不適切に捨てられるプラごみが1億2100万トンまで倍増するといいます。
一方で、製品のリサイクル素材含有率を40%以上にする、プラスチック生産量を制限する、500億ドルの廃棄物管理投資、包装税の導入という取り組みを組み合わせると、不適切に処理されるプラごみを90%近く削減できるといいます。
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