目次

  1. デザイン経営とは
  2. デザイン経営に取り組む9つの入り口とは
  3. 9つの入り口が示すもの
    1. 意志と情熱を持つ
    2. 歴史や強みを棚卸しする
    3. 未来を妄想する
    4. 社員の行動変容を促す
    5. 社内外の仲間を巻き込む
    6. 魅力ある物語を発信する
    7. 人を観察・洞察する
    8. 実験と失敗を繰り返す
    9. 心をつかむモノ・サービスをつくる
  4. デザイン経営の実践例を紹介
  5. 「企業規模にかかわらずできる」

 デザイン経営は、デザインの力をブランドの創出やイノベーションにつなげる経営手法とされています。米国のアップル社、日本では良品計画やマツダなどが代表格です。経営の上流からデザイナーが関わり、プロダクトやロゴのデザイン変更にとどまらず、顧客のニーズを掘り下げ、組織変革にまでつなげるのが特徴になります。

 特許庁は経済産業省とともに、2018年からデザイン企業の普及活動を続けてきました。2018年には「デザイン経営」宣言を取りまとめ、2020年にはビジネスパーソン向けのハンドブックも制作しました。

 知的財産権を管理する特許庁が、なぜデザイン経営の普及に取り組むのでしょうか。「みんなのデザイン経営」を制作した特許庁のプロジェクトチームの外山雅暁さんは、次のように説明します。「企業にイノベーションやブランディングが求められる中、権利の保護に関わるだけでなく、アイデアを持っているけど実現できない人たちを支援するような創造の段階から取り組めないかと考えました」

特許庁が制作した冊子「みんなのデザイン経営」の表紙
特許庁が制作した冊子「みんなのデザイン経営」の表紙 (以下の画像はすべて「みんなのデザイン経営」から引用)

 特許庁はデザイン経営を浸透させるため、各地でセミナーなどを開いていますが、大きな壁にぶち当たりました。特許庁の原田貴志さんは「デザイン経営が認知されておらず、実践してもらうためには、何から始めればいいかという入り口を示すことが必要でした」と話します。

 これまでのハンドブックなどは、どちらかと言えば、大企業向けの面がありました。「みんなのデザイン経営」は、特許庁がデザインファームの「KESIKI」と制作し、中小企業を対象に間口を広げる内容にしました。冊子の冒頭では「目指したのはデザイン経営の民主化」と題し、次のようなステートメントを掲げました。

 経営にデザイン的なアプローチが必要だ、という認識は広まりつつある。では、実践している企業は? というと、それほど多くない。そもそも、「デザイン経営」という言葉がしっくりきていない。理屈はわかるのだけれど、 自社には遠い話に思えてしまう。範囲が広すぎてどこから始めればいいのかわからない。多くの企業の本音は、こんなところではないだろうか。

 今回、特許庁とKESIKIが目指したのは「デザイン経営の民主化」だ。技術や市場規模の観点ではなく、「人」 を起点にビジネスを考える。こうしたアプローチの有効性は、これまで様々な識者が語ってきた。では、多くの中小企業が、デザイン経営を自社に活かすためには、どうすればいいか。

みんなのデザイン経営

 冊子では、各企業がデザイン経営に取り組むための入り口を、次の9つにまとめました。

冊子では「デザイン経営 9つの入り口」を、イラストで示しています
冊子では「デザイン経営 9つの入り口」を、イラストで示しています
  1. 意志と情熱を持つ
  2. 歴史や強みを棚卸しする
  3. 未来を妄想する
  4. 社員の行動変容を促す
  5. 社内外の仲間を巻き込む
  6. 魅力ある物語を発信する
  7. 人を観察・洞察する
  8. 実験と失敗を繰り返す
  9. 心をつかむモノ・サービスをつくる

 では「9つの入り口」が、それぞれ何を指し示しているか、冊子に記された表現を元に説明します。

 デザイナー頼みのデザイン経営は、多くの場合長続きしません。デザインを発注する側の「意志と情熱」が大切になります。

 自社が顧客に提供し続けていた価値や、自社の存在意義を再確認して、未来に向けた新たな価値を生み出す軸を探す行為です。

 優れた技術やマーケティング戦略だけで競争優位を保つことが、難しくなる中、自社のファンを増やし、維持するためには、どんな未来を実現したいかというビジョンが求められています。

 ミッションやビジョンが美辞麗句にとどまっては、何も変わりません。社員一人ひとりが意味を理解し、日々の行動に取り込んで初めて、企業文化が醸成されます。

 多種多様な知識や経験、ネットワークを掛け合わせることで、人に寄り添ったモノやサービスが生まれます。

 製品や事業を通じて社会にどう貢献し、どのような未来を目指すのか。ストーリーを語ることが、顧客との強い絆を築くカギとなります。

 まだ見ぬ顧客をひき付けて、ファンにしていくために、人のふとした言動に目を向け、共感し、ときには憑依して、裏側にある心理を読み解きます。

 プロトタイプは完成品の見本では無く、顧客と対話し、フィードバックをもらうための道具です。実験と失敗を繰り返しながら、アイデアをスピーディーに形にしていくことが大切です。

 美しいプロダクトや洗練されたウェブサイトは、ブランド価値を底上げします。人はロジックでは動きません。感情に働きかけ、動かすのが、デザインになります。

 デザイン経営の「9つの入り口」は、最初から描けていたわけではありません。各地方の経済産業局の協力を得て、デザイン経営に取り組む中小企業15社にインタビューした後、各企業の特色をまとめて、浮かんだものになります。冊子では、企業の具体的な取り組み事例を紹介しています。

 秋田県湯沢市でヤマモ味噌醬油を醸造している高茂は、歴史や強みを棚卸しして、デザイン経営につなげたケースです。150年以上続く老舗ですが、7代目の高橋泰さんは「ダサくて継ぎたくなかった」と言います。しかし、日本が世界の中で優位に立つには、レガシー(伝統)の再構築が不可欠だと気づき、自社の歴史を掘り起こして、リブランディングを行います。

 ウェブサイトやパッケージデザインをリニューアルして、ギャラリーを併設したカフェも創設。アーティストや建築家、研究者などとのコラボも展開しています。

 デザイン経営は経営者だけでなく、従業員が主体的に取り組めるような仕掛けが重要です。冊子では、1881年に創業した横浜市の大川印刷のケースを紹介しています。

 同社は環境に配慮した経営に取り組むため、2017年ににコーポレート・アイデンティティー(CI)やウェブサイトを刷新し、同時に従業員の行動指針(クレド)を作成しました。作りっぱなしではなく、週1回、クレドについて考える会を開き、社員に自分事として捉えてもらう機会を作っています。

冊子ではデザイン経営の実践例を紹介しています
冊子ではデザイン経営の実践例を紹介しています

 冊子では、他にも7社の実践例を取り上げ、どの入り口からデザイン経営に取り組めばいいか、ヒントを提供しています。

 冊子で取り上げたのは、比較的小規模の企業の実践例です。特許庁の原田さんは「デザイン経営は、最終的には従業員一人ひとりに浸透することが必要です。中小企業は規模が小さいので、変化を促しやすい素地があると考えています。また、プロダクトなど見た目のデザインを変えるには資金が必要ですが、自社の思いや強みを掘り下げるのは、企業規模にかかわらずできると思います」と話します。

 冊子は主に後継ぎ経営者をターゲットに制作し、今回取り上げている企業は、いずれも代々続くファミリービジネスである点を意識したといいます。

 原田さんは「デザイン経営を一番自分事として捉えられるのは、家業を背負っている後継ぎ候補の皆さんだと考えています。9つの入り口のうち、自社に近い分野に絞ってもいいので、ぜひ気軽に手にとってもらいたいです」と呼び掛けています。

 冊子は特許庁ホームページからダウンロードできます。