絹紡糸は、繭から取り出された糸のうち、生糸に不向きな残糸を紡績して作る。落ち着いた光沢感が特徴だ。

 規格品の糸を作って和装向けに売り上げを伸ばしていたが、1970年代後半、大きくかじを切った。規格品はやめ、特殊な糸を注文分だけ生産した。手で紡いだような味わいがある糸を作り、安価な糸を供給する中国や韓国などのメーカーとの差別化を図った。

 多くの国内メーカーが価格競争に敗れて廃業していったが、中川絹糸は生き残った。

絹紡糸の品質検査をする従業員(中川絹糸提供)

 2000年、4代目社長に中川嘉隆さん(61)が就任。10年ほど前、繭の精練方法を、アルカリから酵素を使う方法に改めた。温度管理などが難しくなるが、絹にダメージを与えず、染めたり生地にしたりした時に絹本来の良さを出すためだ。環境への負荷を減らしたいとの思いもあった。

 そして思わぬ転機が2015年に訪れた。世界的デザイナー・三宅一生さんがパリコレクションでの「日本の絹」をテーマにした作品に、中川絹糸の糸を採用したのだ。「日本にこんなメーカーがあったのか」とヨーロッパで話題となり、翌年からシャネルなど有名ブランドが指名買いをしてくれるようになった。

 絹製品は、家では洗濯が難しく、クリーニング店に出す。使われるのは有機溶剤。環境のことを考え、家で洗濯できるシルクを作りたい。そんな思いから絹の風合いを損なわず、繊維の結合を強める技術を開発。洗えるシルクとして、2020年秋からマスクやインナーウェア、Tシャツ用などとして提供している。

 新たなプロジェクトも進む。絹やウール、カシミヤなどの天然繊維は農業に依存する。将来的に生産は縮小していくことも考えられる。絹に似た新素材の糸作りの話が持ち込まれ、課題をクリアした。年内に新工場が完成し、年明けから生産が始まる予定という。

 中川さんは「様々な課題を、従業員がこんな方法があると解決してくれる。それが我が社の強みです」と話している。(2021年7月10日朝日新聞地域面掲載)

中川絹糸

 1940年創業。本社と工場は滋賀県長浜市川道町にある。売上高は年間約1億2千万円。社長室にかかる「和顔愛語」の額は、お客さんや社員の幸せがあってこそ、との思いが込められている。従業員15人はすべて正社員。