目次

  1. 「会社経営の面白さ、奥深さに惹かれた」
  2. まず取り組みたいと考えた採用活動
  3. 採用戦略①「応募」より「出会い」に着目する
  4. 採用戦略②自社の採用活動の「主観」を排除し客観的に見せる
  5. 採用戦略③社内の環境を整えて「入社したい」と思われる会社に
  6. 採用戦略④考えるだけでなく、とにかくアクションを起こす

 正田さんは2019年3月にエネルギー業界の大手企業を退職し、父である正田要一さんが経営する光建に入社しました。3人兄弟の真ん中で、子どものころは特に家業を継ごうとは考えていなかったそうです。

 大学院を卒業した後、大手のエネルギー系企業に就職しました。そこで海外事業部を経験したことが、家業を継ぐきっかけとなったのです。

 「プラント技術者として数年勤務した後、事業開発や買収予定の海外企業を技術者の目線で査定する業務に携わりました。そこで様々な経営者と接する中で、会社経営の面白さ、奥深さに惹かれたのです」

 せっかく経営者の子として生まれたのだから、そのアドバンテージを活かして経営者になるのもよいのではないか――。そう考えて、海外勤務から一時帰国した際に、社長である父に入社の意思を告げたそうです。

取締役として社長を補佐するだけでなく、施工管理として現場にも出る正田さん

 光建に入社した後の正田さんは施工管理の実務をしながら、少しずつ経営まわりの業務を担っています。中でも、まず取り組みたいと考えたのが採用活動でした。

 光建の従業員の多くは土木工事を監督する施工管理です。新卒だけでなく中途も採用していますが、正田さんが入社する前の約3年の採用データを見ると、コストをかけている割には応募が少ない印象だったそうです。

 地方の中小建設業者とはいえ、光建は確かな実績を持つ直営施工班と様々な特殊施工技術を有しています。また、国や地方公共団体、電力会社と安定的に取引をしており、企業としての魅力は充分にあります。

 前職で海外企業の買収などにも関わっていただけあって、正田さんは「相手をどう攻略するか」と考えるクセがついていました。光建の採用でも、どう取り組めばいいのかを自分であれこれ考えながら戦略を練ってきました。

 そのなかから正田さんが実践した4つの戦略を紹介します。

 「まず応募を増やすことが大切」という言葉は、採用に関わったことがある方なら何度となく聞いたことがあるでしょう。中小企業を対象とした採用コンサルティングを手掛けていると、ほぼすべての経営者が「そもそも応募が少ないのです」と悩んでいます。

 正田さんが光建に入社して最初に気づいたのも「そもそも応募者が少ない」という課題でした。特に気になったのは、新卒向けリクルートサイトに高額なコストをかけて掲載したにもかかわらず、1人も採用できなかったという苦い経験でした。

 「当社のような地方の中小の建設会社は、知名度がありません。そもそも、建設会社で施工管理をやりたいという人も極めて少ないため、完全に売り手市場です。新卒向けの就職活動(就活)サイトには、誰でも知っているようなスーパーゼネコンも掲載されます。当然、そちらに応募が集まることは予想できます」

 有名な就活サイトには全国から学生が集まります。施工管理のような応募が集まりにくい職種では「一人でも多くの学生に自社のことを知ってほしい」と考えるのは決して間違いではありません。

 しかし、仮に東京の学生が自社に魅力を感じてくれたとしても、わざわざ引っ越してまで入社してくれるのか。その会社や所在するエリアに、よほど縁や魅力がなければ、関東で就職しようと考えるでしょう。最初から関東にある会社だけに絞って探している可能性もあります。

 つまり、応募を集められるかどうか以前に、そもそも「地方にあるその会社のことを知らない可能性」が高いのです。

 では、地方の中小企業はどのように新卒採用に臨めばいいのでしょうか。正田さんは「名古屋で働きたい、あるいは名古屋に魅力を感じてくれるエリアの学生に絞ってアプローチすべきだ」と考えました。

 近隣の中部圏にある大学に加え、北陸や東北エリアにも範囲を広げていきました。「東北を選んだのは、当社の持つ特殊技術に関する委員会のつながりがあったからです。初めて訪問したときから、明らかに反応がいいと感じました。北陸は、名古屋に比較的出やすいエリアだから。『地元は離れたいけど、あまり遠くには行きたくない』という学生もいるのではないかと考えました」

 これに手ごたえを感じた正田さんは、従来の学校説明会に加えて、地元の名古屋市内で開かれる新卒向け合同説明会にも参加することを決めました。

合同説明会で学生と話す正田さん。コロナ禍ながら20人近い学生と直接話せた

 それまで光建が大学で開いていた説明会では、光建の部長クラスが出席して学生に対応してきました。会社をよく理解しているベテランがよいだろうという判断でした。

 しかし、正田さんは「はたしてそれが学生にとって魅力と映るのか。歳の近い若手の方が親近感を持ってもらえるのではないか」「説明会で使用する資料が古く、書いてあることも主観的であいまいでした」と、過去の採用活動を冷静に分析しました。

 それまでの自社の採用活動の中身を「当たり前」と考える多くの企業は、「今の学生にどのように映るか」を客観的に判断することができない傾向があります。

 正田さんは、自身の就職活動からそれほど年数が経っておらず、かつ最近まで他社で働いていたことで、客観視ができたのだと思います。これは採用活動で非常に重要になるポイントです。

 「自社の魅力を学生に分かりやすく伝えるため、数字やデータなどの裏付けも加えて、新しく資料を作り直しました」と正田さん。

 狙いは初参加となる2021年の合同説明会のためで、国土交通省や経済産業省、愛知県、名古屋市などから計7つの認定を受けていることや、地中線土木工事 自社施工量で中部地域No.1であることなどを盛り込み、100枚以上のスライドを作り込みました。

 名古屋のような大都市圏では新卒採用イベントが多く開催されますが、人気ある企業があまり参加していない時期を狙ってイベントに参加しました。「人気企業が多いと、学生はそちらに流れてるからです」(正田さん)。

説明会などで使用する会社資料。見出しをわかりやすくする、イメージがしやすいように写真を多めに使う、情報に客観性を持たせるため数字やデータを多用する、といった工夫が見られる

 こうした作戦が奏功して、光建のブースには20人近くの学生が集まりました。そのうち数人は選考予約や現場見学会、会社説明会などにも興味を示しました。「これまで大学内で開催する説明会ではブースに学生が一人も来ないことがありました。20人近くが集まったのは大きな進歩です」と正田さんはホッとした様子です。

 次に正田さんが着手したのは、新卒社員が「入社した後」の環境づくりです。これは主にデジタル化による業務改革と、研修制度を中心に整備していきました。

 施工管理は現場の監督業務のほかに、関連する書類作成の業務が多く、現場が終わってからオフィスに戻って書類仕事を完了させなければならない企業が少なくありません。

 光建には施工管理の書類作成をサポートする事務担当者がいますが、新たにRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入することで、簡単な書類なら自動作成する仕組みを作りました。施工管理や事務の書類仕事を劇的に減らす狙いで、近い将来には年間で200時間分程度の書類仕事が自動化できる見込みです。

施工管理として現場と現場を飛び回る合間に、経営に関わる資料や書類を作成している様子

 研修制度も変えました。光建では新入社員は入社後に1~2日のオリエンテーションを受けた後、先輩について現場に出て少しずつ仕事を覚えるOJT(職場内訓練)が中心でした。しかし、2022年度入社の新卒採用から「出身学部不問」と対象を広げたため、新たな研修プログラムを用意しなければなりませんでした。

 土木建築科出身なら計測機器の使い方や施工管理の業務の流れ、道具の名前などを当然のように知っています。しかし、ほかの学部学科の出身者には一から学んでもらう必要があったのです。そこで施工管理専門の教育機関と提携し、新入社員向けの研修を任せることにしました。

 採用前から入社後の研修制度を準備するのは、気が早いと思われるかもしれません。しかし、対応は早ければ早いほど、いい効果を生み出すものです。

 というのも、「現在、残業を削減するためのRPA導入の準備を進めています」「新入社員向けの新しい研修制度を用意する予定です」と採用活動中に伝えられるからです。

 新しいことに前向きに取り組み、働きやすい環境づくりにこだわる企業の姿勢を示し、新入社員をきちんと育てていこうとする心構えなどをアピールできます。

 ここまでの正田さんの行動を振り返ると、かなりの手間ヒマをかけていることが分かると思います。現役の施工管理として現場に出ながら、これだけ新しいことに取り組むのは簡単ではありません。

 ほかにも自社ウェブサイトの改修や求人票の見直し、新しい社内制度づくりなど様々な角度から採用を成功させる取り組みを実行しています。

求人に使う画像にコピーを入れることで、印象に残りやすくなります。採用を成功させるには、戦略を考えるだけでなくそれを実行に移す行動力も大切です

 採用活動を進める中で、最大の課題が「経営者(または採用担当者)が忙しくて、なかなか行動に移せないこと」です。採用コンサルタントが「こういった取り組みで採用を成功させましょう」と提案しても、締め切りまでに終わらないケースも多いうえ、「そんなことまでしなければ採用できないの?」と、やる前からさじを投げてしまう人も多くいます。

 しかし、ここで紹介した正田さんが実行してきた取り組みは、一度やり遂げれば何年も効果が持続することばかりです。

 実際に正田さんにどのように時間を使っているのかと聞いてみると、「現場を回る時に、少し早めについた時は車の中で書類作りをするなど、できるだけ隙間時間を利用しました」。ほかにも関連する各部署の社員をうまく巻き込みながら、改善を進めてきたそうです。

 少しずつでも、続けて改善していくうちに、いずれ必ず効果が現れます。採用が難しい業界で、特に地方にある中小企業が採用を成功させるためには、手間がかかってもまずは一つずつ、できることから工夫を実行に移してみましょう。