目次

  1. 好評だった「やまびこあいさつ」が廃れた理由
  2. 客のたばこ銘柄「100人以上記憶」  
  3. 「自分に関心を示さないで」というニーズ
  4. コロナ禍で店と客の関係は濃密に?
  5. 半世紀前に示された「接客精神と技術」

 果たしてコンビニに「接客」は必要なのか。実は明確な答えはなく、店のオーナーにより考え方はさまざまだ。「余計な接客は不要、スピードと正確さが命」と言い切るオーナーもいる。 近年、セルフレジが増え、無人コンビニも出現。新型コロナウイルス対策も相まって会話が途絶え、店とお客との関係性は希薄化している。コンビニは自宅や職場から距離が近いだけでなく、「心理的な近さ=親近感」も手伝って発展してきた。コンビニの接客はどうあるべきだろうか。

 コンビニの接客を考える上で、3つの事例を紹介したい。

  1つ目は、今から20年ほど前にコンビニで流行した「やまびこあいさつ」。お客の入店に気づいたスタッフの1人が「いらっしゃいませー」と声を上げると、店内の従業員全員が「いらっしゃいませー」と、こだまのように後に続くあいさつである。

 店内に一歩、足を踏み入れると、元気のよい声が店の奥の方から飛んでくる。「あ~自分は認知されているんだ」と、誇らしげな気分にもなる。

  私は当時、所属していた雑誌「月刊コンビニ」で、この「やまびこあいさつ」を実践している加盟店を取材した。他の接客特集の調査記事でも、「やまびこあいさつ」の店舗には高評価を与えていた記憶がある。

コンビニの接客のあるべき姿はオーナーの意思に半ば委ねられている=画像: EKAKI / PIXTA(ピクスタ)

 ところが、しばらくして「やまびこあいさつ」の弊害が指摘されるようになる。目の前にお客がいても、違う方向に視線を泳がせて「(いらっ)しゃいませー」と、面倒そうな態度をとるスタッフが増えていった。本来のあいさつの意味が忘れられ、形骸化してしまったのだ。

 あさっての方向に顔を向けて、気のないあいさつをするくらいだったら、むしろ何もしない方がよい。そんな世論が業界内で作られ、実践する店の数は一気にしぼんでいった。

 このあいさつは、元気系の居酒屋においては今も健在である。

 スタッフ「ご新規様ご来店です、いらっしゃいませー」

 全員「いらっしゃいませー」

 その変化形もある。

 スタッフ「生(ビール)一杯いただきましたー」

 全員「ありがとうございます」

 その後、月刊コンビニ編集部は「しなやかな接客」を提唱する。スタッフひとりひとりが顧客の気持ちに寄り添って、臨機応変に接する「しなやかさ」が大切だとして、調査リポートを記事にした。

 しかし、反響はほとんどなかった。これは属人的な接客であり、いくら高く評価しても、アルバイトの人たちに教えて身につく手法ではなかった。 

 2つ目の接客術は「たばこの銘柄を覚える」。これも20年以上前から、多くの優秀店が意識的に取り組んできた。なじみ客の入店を確認した時点で、いつものたばこを手元に用意し、言われる前にすーっとお客の前に出す手法である。

 取材すると「100人以上を記憶している」と胸を張る店のオーナーもいた。銘柄を記憶すれば、お客は他店に浮気せず固定化されるのだという。喫煙人口が減ったとはいえ、継続している店は今も多いだろう。

コロナ前、特に都市部では多くの留学生が人手不足のコンビニを支えていた。ローソンが開いた研修で、留学生たちは接客のポイントを聞き実際にやってみた=2018年5月、東京都新宿区、朝日新聞社

 3つ目は「試食販売」。接客というより販売促進の手法だが、試食を通してお客と会話をし、心理的な距離を縮める方法である。

 新規大型商品がメロンパンだったとすれば、細かく切って、皿の上に乗せて、お客にひとつまみ試食してもらう。今は新型コロナ対策で自粛しているが、コンビニがお客と仲良くしたいのであれば、もともと商品の販売が本業なのだから、商品を通して関係性を構築するのが王道となる。 

 「今度のメロンパン、けっこうイケます。どうぞ」

 「うーん、悪くないね」

 こんな会話が時折できれば、お客は店に顔を出してくれるだろう。

 こうした例を挙げたのは、コンビニが接客を諦めているわけではない、と言いたいからだ。

 もちろんマニュアルには、レジでのあいさつ、釣り銭の渡し方、すれ違ったときの目礼など、基本的なことは書かれている。しかし、その機械的なマニュアルを超えて店の個性を発揮しようと、独自の接客は繰り返されてきた。

 「熱々(あっつあつ)の唐揚げ、ただいま揚がりました。いかがですか」と呼びかける店員の姿を見かけたことはあるだろう。売上がほしいだけでなく、おいしい揚げたてを食べてもらいたい――。その気持ちの発露である。

新店オープン時に顧客を出迎えるオーナー=2019年9月、横浜市緑区、筆者撮影

 一方、お客の中には「コンビニは客に関心を示さないでほしい」「その匿名性が心地よい」と評価する向きも多い。ベテランオーナーの中にも「コンビニに接客などいらない」「大切なのはスピードと正確さだけだ」と割り切った考え方は根強い。

 こんな話を昔、聞いたことがある。ある少年の父親は地元の名士で、両親は好んで商店街で買い物をしていた。少年も店主や従業員からいつも声を掛けられ、商店街でよく知られる存在になっていった。

 しかし、その関係性が次第に窮屈になってくる。少し大人になると、異性と歩いたり、買い食いをしたり、好きなアイドルが表紙の雑誌を買いたくなったりする。知り合いに見られずに、のびのびと買い物をしたい。そんなとき、街のはずれに新しくできたコンビニがとても居心地よく感じた、という経験である。

 自分に関心を示してほしくない――。そう考える人は一定数いる。毎日買い物をするからといって、「あなたを認識していますよ」という視線はやめてもらいたいと警戒している。

 もちろん、ベテランのオーナーやスタッフたちは、「声をかけるなオーラ」をキャッチして無関心を装うようにしている。心理的な「接触」を好まないお客にとっては、近年コンビニに導入されつつあるセルフレジはありがたい存在になるだろう。

セルフレジ導入の本来の狙いは、浮いた人と時間を別の重要な業務に割り当て、売上を高めることだ=2020年1月、東京都品川区、筆者撮影

 他方、店とお客の関係はますます濃密になる、というデータもある。

 セブンイレブンは、コロナ禍でのニューノーマルにおける購買行動の変化について調査した。首都圏で自社の電子マネー「nanaco(ナナコ)」を持つお客のデータを分析すると、2019年12月から2021年3月までの間に、セブンイレブン1店舗のみしか利用しない人が約17%上昇している。

 逆に複数のセブンイレブンを利用する人は減少していた。外出時、勤務先、通勤、通学といった行動範囲で、3店舗、5店舗と利用する人が少しずつ減っているというのだ。

 コロナ禍の特殊な環境とはいえ、コロナ終息後も在宅勤務が一部に残ったり、人々の移動そのものが減ったりすれば、コンビニの利用は限られた店舗に集約されていく。さらに超高齢化社会が進み、高齢者が免許を返納したり、活動範囲を狭めたりすれば、利用する店舗は限られていくだろう。

 そんな環境下でお客に選ばれる店になるには、接客の優劣が重要な要素になる。信頼できるオーナーや店長、よく教育されたスタッフが運営している質の高い店が、最後に選択肢として残るのだ。その軸となるのが接客レベルの高さである。

高齢者の詐欺被害を防いだとして警察から感謝状を贈られるファミリーマートのスタッフ。気さくな接客が功を奏したという=2013年10月、兵庫県淡路市、朝日新聞社

 接客を強化するにはカウンターの拡張が必要になる。

 セブンイレブンは2017年度から「新レイアウト」の導入を本格的に始めた。変更点が大きく3つある。 

  1. 冷凍食品売場の拡大
  2. (弁当や惣菜を陳列するチルド温度帯の)オープンケースの拡大
  3. カウンターの拡張

 3点目について補足すると、拡張したカウンターに置いた専用什器(じゅうき)にアジフライなど夕食のおかずを並べ、注文を受けてスタッフが袋に詰めるという流れを想定していた。専用什器に入った中華まん、おでんなどと同様に、接客対面販売の強化を狙った。 

 その後、コンビニの人手不足が止まらず、他チェーンも含めて、カウンター商材の店内製造と販売に消極的な店が増えていく。人手不足に端を発した深夜営業の是非も社会問題化した。接客を強化する雰囲気ではなくなっていった。

 それでも業界内には、コンビニのレジを「最後のとりで」と考える人が多い。つまり、レジにオーナーや店長が立ちしっかり接客すれば、店は絶対に滅びない、とする思想である。

 「お客さん。アジフライ、もう少しで揚がりますよ」

 「年賀状印刷はうちにお任せください」

 「クリスマスケーキ、ご予約はお済みですか」

 「コピーですか。やり方、お教えしましょうか」

 「スマホペイ、けっこうお得ですよ」

 「新商品のカレーパン、なかなかイケますよ」

 「今年の中華まん、豚肉増量してますよ」

 ネット通販がどれだけ市場を拡大しようとも、最後のとりでに立って接客をすれば、商機はいくらでも訪れる――。そんな願望も含んでいる。

レジにオーナーや店長が立ち、しっかりと接客すれば、店は永遠に栄えるという思想がコンビニ業界にはある=画像: xiangtao / PIXTA(ピクスタ)

 セブンイレブンが日本で創業する2年前の1972年6月、中小企業庁は「コンビニエンス・ストア・マニュアル」を刊行した。当時、安売りを武器にするスーパーマーケットに苦しめられていた中小の食品小売店に対して、コンビニエンスストアという近代的な小売業への啓蒙(けいもう)を始めたのだった。

 モデルとなったのは、既に多くのチェーンが隆盛を誇っていたアメリカのコンビニである。そのマニュアルの中で、そもそもコンビニとはどういう営業形態なのか、いくつか定義されているのだが、その最後の項目に次のような記述がある。

 「顧客との関係はセルフサービス方式を採用するものの、顧客との密接な人間関係の形成が必要であり、接客精神と技術が重要な意味を持つ」

  コロナ禍において、感染の恐れがある接客は控えるよう、コンビニを含むチェーンストアに対して業界団体から通達が届いている。会話は控える、マスクをする(笑顔が見えなくなる)、金銭授受はトレイで――。

 コンビニ創業時に示された「接客精神と技術」はもはや不要なのだろうか。コロナ終息後に、もう一度、接客の今日的な意味を、みんなで考える必要があるだろう。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年6月3日に公開した記事を転載しました)