労働安全衛生法とは?目的や対象者、事業主がすべき4つの内容を簡単に解説
労働安全衛生法(安衛法)の概要と、事業主が実施すべき4つの内容を紹介します。さらに、労働安全衛生法に違反した場合の罰則や、「健康診断は労働時間になる?」といった労働安全衛生法のよくある疑問点、2023年4月1日施行の法改正についても、労務の専門家である社会保険労務士がわかりやすく解説します。
労働安全衛生法(安衛法)の概要と、事業主が実施すべき4つの内容を紹介します。さらに、労働安全衛生法に違反した場合の罰則や、「健康診断は労働時間になる?」といった労働安全衛生法のよくある疑問点、2023年4月1日施行の法改正についても、労務の専門家である社会保険労務士がわかりやすく解説します。
目次
労働安全衛生法とは、労働者を使用する事業者に対し、労働者への安全配慮義務を定めた法律です。安全配慮は、労働時間の把握から職場環境の整備など多岐にわたります。労働安全衛生法では、それらの基準や事業者が実施すべき措置が記載されています。
労働安全衛生法の歴史は1911年まで遡ります。1911年に労働安全衛生法の前身となる「工場法」が制定されました。工場法はやがて1947年に制定された「労働基準法」に統合されます。
しかし戦後復興の著しい産業の発展と共に、労働災害や環境問題が顕著になり、さらに加速していきます。また、高度経済成長期を支えた長時間労働も社会問題となり、労働基準法から切り出される形で、1972年に「労働安全衛生法(以下、安衛法)」が制定されました。
上記の背景から安衛法は、以下の3つを定め、職場における労働者の安全と健康の確保、快適な職場環境の形成促進を目的としています。
安衛法が指す労働者は、労働基準法上で定義される労働者と同一です。ほぼ全ての企業で働く労働者は安衛法の対象者となり、この労働者を使用する事業主も、対象事業者となります。しかし、対象除外となる事業者・労働者、職種も存在します。
労働者を使用していない企業や、労働者全員が対象除外者に当てはまる場合は対象事業者となりません。したがって、労働者を使用する企業はほぼ全て対象事業者になると考えて良いでしょう。
安衛法は、労働基準法から分離・独立した経緯から、定義など労働基準法と同一の部分もあります。労働基準法の他、安衛法の施行令である「労働安全衛生法施行令」、施行規則である「労働安全衛生規則」についても簡単に知っておくことで安衛法の理解をより深めることができます。
まず、労働基準法と安衛法、双方の法律の目的と要約した内容を下表としています。
労働基準法 | 労働安全衛生法 | |
---|---|---|
目的 | 労働条件の最低基準を定め、労働者を保護すること | 職場における労働者の安全と健康の確保 快適な職場環境の形成 |
定める内容 | 労働条件に関する事項 | 安全と健康確保に関する事項 職場環境に関する事項 |
次に、労働安全衛生法施行令・労働安全衛生規則について説明をします。安衛法に限らず、法律には「政令で定める業務」や「省令で定める事項」といった文言が出てきます。
それらは以下のような違いがあります。
名称 | 決定機関 | 内容 | 法的拘束力と力関係 |
---|---|---|---|
労働安全衛生法 (法律) |
国会 | 安全と健康確保に関する事項 職場環境に関する事項 |
あり(高) |
労働安全衛生法施行令 (政令・施行令) |
内閣 | 事業・業種の定義 有害物などの定義 ほか法律から委任された範囲で定められた事項 |
あり(中) |
労働安全衛生規則 (省令・施行規則) |
厚生労働大臣(各省大臣) | 事業場の規模 措置を講ずべき作業 ほか法律・政令・施行令の委任に基づいて定められた事項 |
あり(低) |
安衛法では、事業主に対し、大きく分けて4つの内容を求めています。
それぞれの内容について詳しく見てみましょう。
安衛法では、安全衛生管理体制として事業場の労働者数(規模)もしくは業種に応じて、次の管理者などを選任、委員会については設置することを定めています。
これらを選任する必要があるか否かは、事業場の労働者数(規模)、業種によって異なります。
下記表は「林業、鉱業、建設業、運送業、清掃業、製造業(物の加工業を含む)、電気業、ガス業、熱供給業、水道業、通信業、各種商品卸売業、家具・建具・じゅう器等卸売業、各種商品小売業、家具・建具・じゅう器小売業、燃料小売業、旅館業、ゴルフ場業、自動車整備業、機械修理業」以外の業種で、選任しなければならない管理者と委員会についてまとめています。
労働者数(人) | 衛生推進者 | 衛生管理者 | 産業医 | 総括安全衛生管理者 | 衛生委員会 |
---|---|---|---|---|---|
1~9 | |||||
10~49 | 〇 | ||||
50~999 | 〇 | 〇 | 〇 | ||
1,000~ | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
それぞれの内容について紹介します。
常時10人以上50人未満の労働者を使用する事業場は「衛生推進者」を選任する必要があります。衛生推進者は、講習修了などの資格が必要です。50人以上を使用する事業場では、選任の必要はありません。
常時50人以上の労働者を使用する事業場は「衛生管理者」を選任する必要があります。衛生管理者は、免許などの資格が必要です。また、労働者数によって選任人数が変わり、201人以上で2人、501人以上で3人、1,001人以上で4人、2,001人以上で5人、3,001人以上で6人の管理体制が必要となります。
常時50人以上の労働者を使用する事業場は「産業医」を選任する必要があります。同様に資格が必要であり、労働者数が常時3,000人を超える事業場では、2人以上の選任が必要となります。
衛生委員会は、次の者により構成されます。
衛生委員会は毎月1回以上開催し、議事で重要なものに係る記録を作成し3年間保存しなければなりません。
常時1,000人以上の労働者を使用する事業場は「総括安全衛生管理者」を選任する必要があります。講習の受講や免許といった資格は必要ありませんが、総括安全衛生管理者は、「当該事業場で、その事業を実質的に統括管理する権限や責任がある者(工場長・作業所長などの名称問わず)」とされています。
労働者の健康の確保、業務の適正配置、健康管理を目的として事業者は労働者への「一般健康診断の実施」が義務付けられています。労働者にも、健康診断の受診義務があります。一般健康診断の種類と受診タイミングは次のとおりです。
一般健康診断の結果は5年間保存することが義務付けられています。常時50人以上の労働者を使用する事業者は、一般健康診断のうち「定期健康診断結果」「特定業務従事者の健康診断結果」を所轄労働基準監督署長に報告する必要があります。
加えて、常時50人以上の労働者を使用する事業者は、2015年12月よりストレスチェックも義務化されています。
また、健康の保持増進として、2019年7月1日に「職場における受動喫煙防止のためのガイドライン」が発出されました。このガイドラインには、事業者が取り組むべき受動喫煙防止対策として、下記の事項が定められています。
国内で使用されている化学物質には、危険性や有害性があるもの、未だそれらが不明なものが多く存在しています。そのような化学物質を使用する業務をはじめ、職場環境によって疾病が引き起こされるリスクは常に潜んでいます。安衛法第4章では、労働による疾病防止について定めており、詳細を施行規則やガイドラインを設けて下記の措置を示しています。
このなかで特に重要なものを詳しく説明します。
腰痛は、福祉業、小売業、陸上貨物運送事業で特に多く発生しており、休業4日以上の職業性疾病の約6割を占める労働災害となっています。腰痛の予防対策として次の事項が示されています。
重量物取扱い作業 | ・機械による自動化、台車や昇降装置などを使用する ・人力によってのみ作業する場合の重量は、男性は体重のおおむね40%、女性は、男性が取り扱う重量の60%程度とする ・重量はできるだけ明示する |
立ち作業 | ・長時間の立ち作業を避け、他の作業を組み合わせる ・床面が硬い場合は、クッション性のある靴やマ ットを利用して、負担を減らす |
座り作業 | ・作業者の体格に合った椅子を使用する ・床に座って行う作業は、できるだけ避ける |
介護・看護作業 | ・リスクアセスメントを実施し、合理的・効果的な腰痛予防対策を立てる ・人を抱え上げる作業は、原則、人力では行わない |
車両運転等の作業 | ・座席の改善、運転時間の管理を適切に行い、適宜休憩を取る ・長時間の運転後に重量物を取り扱う場合は、小休止やストレッチを行った後に作業を行う |
腰痛の予防対策・筆者作成(参照:職場における腰痛予防対策指針|厚生労働省)
室内外問わず、温度の調整が難しい環境での熱中症の予防策は、作業・休憩時間の管理や適切な水分補給があげられますが、熱中症発生時の措置も決めておくと、周囲がすぐに対処できるようになります。具体的には、病院、診療所などの所在地や連絡先を把握したり、救急措置を行えるよう休憩場所を整えておいたりしておきましょう(参照:職場における熱中症予防基本対策要綱|厚生労働省)。
パソコン作業を行う室内は、適切な照明・採光、グレア(見えづらさや不快感のある眩しさ)防止といった、配慮ある作業環境を整えることが定められています(参照:情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン|厚生労働省)。
事務所の環境管理については、適切な照度の設定や清掃の実施、事務所の在籍人数に対するトイレの個数、休養室の設置など衛生基準を主とした規則があります(参照:令和4年度版 労働衛生のハンドブック p.105|東京産業保険総合支援センター)。
作業環境測定とは、職場環境で発生する有害物質や危険因子の濃度や量を測定することをいいます。職場環境によって、測定の種類や回数、記録の保存年数が異なり、例えば「中央管理方式(熱源が1カ所にあり各部屋への空調供給を中央管理室等で制御する方式)の空気調和設備を設けている事務室」の場合は、原則2カ月以内に1回作業環境測定を行い、記録を3年間保存することを定めています。
安全衛生教育は、労働者を採用したときや作業内容を変更させたときに行う必要があります。
安全衛生教育の内容項目(業種によって上記4項目は省略可能)
事業者は、省令で定められた対象者に対して医師による面接指導を行わなければなりません。対象者となる労働者は、月80時間超の時間外・休日労働を行い、かつ面接を申し出た者とされています。申し出がない場合でも、面接指導を実施することは努力義務としています。
安衛法で定められた罰則を、本記事中で取り扱った法律に関する違反を中心にあげていきます。
罰 | 違反内容 |
---|---|
3年以下の懲役又は300万円以下の罰金 | 製造等の禁止違反 |
1年以下の懲役又は100万円以下の罰金 | 機械製造の許可違反、型式検定の違反、製造の許可違反など |
6カ月以下の懲役又は50万円以下の罰金 | 作業主任者選任違反、重量表示違反、危険・有害業務での安全衛生教育違反、作業環境測定義務・結果記録違反、健康診断の秘密保持違反など |
50万円以下の罰金 | 総括安全衛生管理者選任違反、衛生管理者選任違反、産業医等選任違反、衛生委員会設置違反、安全衛生教育違反、健康診断の実施義務違反、健康診断の結果記録違反、健康診断の結果通知違反、医師による面接指導違反、書類の保存違反、労働基準監督官等の立入り、検査などについて拒否や虚偽の陳述をした者など |
表であげた以外にも、労働者に対して安全な職場環境を提供しなかった場合、事業者は損害賠償責任を負うことがあります。
また、労働者の死傷病が発生した場合には、過失致死傷罪などの刑事罰の対象となることもあります。
事業主がよく疑問に思われる事項3点を解説します。
「労働安全衛生法で事業者が実施すべき内容」であげた一般健康診断に要した時間の賃金支払いは、労使間の協議によって定めるべきものとされています。
したがって、受診中は無給とすることもできますが、円滑な受診や給与計算の手間を考えると、所定労働時間中に受診した場合は労働時間として取り扱うことが良いでしょう(参照:健康診断を受けている間の賃金はどうなるのでしょうか?|厚生労働省)。
衛生委員会の会議時間は、労働時間とされています。法定労働時間外に及んだ場合には、割増賃金の支払いも必要となります(参照:労働安全衛生法および同法施行令の施行について|厚生労働省)。
海外派遣前後は一般健康診断が義務付けられていますが、派遣中についての規定はありません。しかし、事業者は海外派遣者へも安全配慮義務がありますので、一時帰国のタイミングで受診させたり、現地での診療機関をあっせんしたりなど、変わらず労働者の健康問題には対応する必要があります。
最後に、2023年4月から施行される改正安衛法の内容を紹介します。
このほか、特に関連する方が多そうな「職長等に対する安全衛生教育が必要となる業種の拡大」について説明をします(参照:労働安全衛生法の新たな化学物質規制丨厚生労働省)。
既存では「職長等に対する安全衛生教育」が必要な業種は、以下の6業種でした。
この6業種に、次の5業種が追加されます。
職長教育は、安全衛生教育と異なり、外部機関での講習受講が必要となります。対象業種の方は、講習を実施している機関を検索し、受講スケジュールを早めに立てておきましょう。
安衛法は、一般的に建設業や製造業に向けた法律だと思われている人が多く、その内容自体は労働基準法と比較してまだ知られていないのではないでしょうか。けれども内容は、健康診断やストレスチェック、職場環境の照度など労働者にとって身近な部分の基準を定めた法律となります。
職場環境を見直し、働きやすい環境を整えて、従業員が安心して働くことができる職場づくりをしていきましょう。
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