建築家とデザイナーが参画

――セブンハンドレッドがDcraftで手掛けた「お丸山ホテル」のリニューアルプロジェクトには、どのようなメンバーが参加したのでしょうか。

 小林:ホテル経営は、グループ会社の住地(じゅうち)が行っています。私は住地の代表も務めており、セブンハンドレッドから社員6人が、異動しました。

 プロジェクトは社員のほか、建築家の水間寿明さん、グラフィックデザイナーの竹本新さんと手がけています。水間さんは、ゴルフ場のセブンハンドレッドクラブのバーベキューテラス(前編参照)の設計も担当し、その縁でお丸山ホテルのプロジェクトも、相談していました。竹本さんは水間さんの紹介で、参加していただきました。

――Dcraftはデザイン経営の専門家やデザイナーなどが、各企業の事業計画書の作成を支援しています。小林さんは、Dcraftをどのように活用していますか。

 小林:私がDcraftをリアルタイムで受講し、社員には資料を共有して、アーカイブ動画をみてもらいました。水間さんは一度、リアルタイムで私と一緒に受講しましたね。

 水間:私はお丸山ホテルのデザインを担当しており、講義内容を把握するために参加しました。社員の皆さんには、Dcraftで伝えていることや課題の目的を翻訳して伝えていました。

リニューアルした「お丸山ホテル」のエントランス
リニューアルした「お丸山ホテル」のエントランス

チーム憲章がアイスブレークに

 小林:「チーム憲章」を考えるというDcraftの講義には、竹本さんにも参加していただき、社員と一緒に課題に取り組みました。憲章は、パーパス(企業の社会的存在意義)から決めます。地域を巻き込み、一体となって事業をつくることなど、ホテル経営の目的を共有する機会にもなりました。

 竹本:Dcraftに参加した2020年末は、プロジェクトのキックオフのタイミングでしたね、

 小林:竹本さんと社員は初対面でしたが、一緒にチーム憲章を考えたことが、アイスブレークになりましたね。通常は、チームを組んだ段階で「あなたは、こういうことをやってください」という役割を聞かされることが多いのですが、それは間違っていると思います。単に言われたことをやるだけになるからです。

デザイナーと社員が直接つながる

――デザイン経営は、経営者とデザイナーがタッグを組んで推進します。小林さんはさらに踏み込み、社員が主体となることを重視しました。そのためのコミュニケーションは、どのように行ったのでしょうか。

 小林:トップダウンだったセブンハンドレッドのカルチャーを変えるために、チャットツール「Slack」を導入。社員だけでなく、水間さんや竹本さんにも加わってもらっていました。

 会社組織では、意思決定のプロセスを知らされず、気づいたらプロジェクトの方向性が決まっているようなことが、珍しくありません。しかし、誰かが勝手に決めたことをやらされるのは、モチベーションが上がりにくい。だから、セブンハンドレッドのSlackでのコミュニケーションは、全てオープンで、個別のチャットも作りません。私が話していることはもちろん、お金にまつわる話など、誰でも見ることができます。

セブンハンドレッドがDcraftの課題として作成したムードボード
セブンハンドレッドがDcraftの課題として作成したムードボード

 水間:Dcraftの課題の内容も、Slackで全社員に共有しました。例えば、ムードボード(様々な写真を使い、自社のイメージをビジュアルで表現する手法)をつくる課題では、「丸」をモチーフにしたビジュアルを選ぶ人が多く、それを基に、ホテルのロゴマークのデザインをみんなで議論しました。

空間の雰囲気をデザインで一変

――「お丸山ホテル」は約3カ月で開業させるというミッションがあったそうですね。空間のデザインなどは、どのように決めましたか。

 竹本:小林さんからは、ロゴデザインの開発段階から社員を巻き込みたいという相談がありました。最初にプレゼンしたデザインは50%くらいの完成度で、それを基に、社員の皆さんを含めてディスカッションしました。

「お丸山ホテル」のロゴマーク
「お丸山ホテル」のロゴマーク

 水間:トップダウンで決めずに、デザインの見え方や意図を、一つずつ確認しながら進めました。社員の皆さんのリアクションを見つつ、最終的な判断をしました。

 小林:空間デザインについては、古くても良いものは残しながら、新しいデザインを組み合わせようと決めていました。地域の皆様にとって思い入れのあるホテルなので、過去のものを全て無くすと、単に新しい場所になってしまうからです。

露天風呂を新設した大浴場
露天風呂を新設した大浴場

 水間:具体的に改修したのは、エントランスと大浴場の一部です。温泉はホテルの売りなので、露天風呂とサウナを新設しました。エントランスの周りが暗く、壁がどんよりしていたので、照明などで明るくしました。ホテル内のサイン(表示)やアートワークなどのグラフィックでも、空間を明るくしようと考え、竹本さんにも早めに参加してもらいました。

 竹本:ホテルの階段の壁には、お丸山公園にあるタワーや橋などランドマークのグラフィックを施し、ホテルスタッフの名刺の裏には、イラストを入れました。ホテルの中を歩いているときも、お丸山を散策している気分を味わえるイメージで、グラフィックを展開しました。予算をかけず、建築で手を加えなくても、空間の雰囲気をデザインで一変させることができました。

ホテルの壁には、お丸山をイメージしたグラフィックを施しました
ホテルの壁には、お丸山をイメージしたグラフィックを施しました

経営者とデザイナーは対等な関係

――Dcraftに参加して良かったことや、学びになったことは何でしょうか。

 小林:デザイナーと社員は距離が生まれやすい面があります。しかし、Dcraftを通じて、社員はデザイナーと気軽に相談したり意見交換したりすることが必要と理解できたはずです。全員がSlackでつながっているので、社員から直接、水間さんに相談したり、竹本さんにデザインをお願いしたりすることもありました。

 水間:社員の皆さんには、デザイン経営のプロセスや考え方のベースがあったので、私たちの話も理解しやすかったと思います。

――Dcraftを受講して、自分たちにはどんなデザイン経営が合っているのか、考える機会にもなったそうですね。

 小林:デザイン経営は、表層的なデザインをかっこよくすることだと思いがちですが、それだけではありません。デザイナーとタッグを組みながらも、社員が主体で取り組むべきです。Dcraftでそれを再認識しました。

 Dcraftを受講して、自分たちのようにデザイン経営に取り組む中小企業経営者が全国にいることが分かりました。励みになったし、負けたくないという思いも芽生えて、自分を鼓舞する機会にもなりました。

――デザイン経営は、社長とデザイナーが受発注の上下関係から抜け出せないことが課題の一つです。しかし、小林さんと、水間さん、竹本さんは密に連携しているように思います。

 水間:私たちがうまくいっているのは、裏表のない小林さんのキャラクターのおかげです。あとは、クライアントと友だちになれるかどうかだと思います。お互い心を開かなくてもプロジェクトは完成するかもしれませんが、私は何か物足りなく感じます。

 竹本:小林さんとはクライアントとデザイナーという関係でありながら、常に横並びで仕事をしてくれるので、対等に意見を言い合えます。水間さんの言うとおり、小林さんのオープンマインドなキャラクターによるものだと思います。

密なコミュニケーションがスピードに

――デザイナーが全社員とSlackでつながることで、コミュニケーションのコストが上がります。社長が情報を集約して伝えるほうが、少ないやりとりで済むという面もあります。

 水間:密なコミュニケーションでコストが上がるとは、一概には言えません。コミュニケーションの頻度が増すと、結論に至るスピードも上がるからです。社員とデザイナーの関係性を深める上でも、Slackのようなチャットツールを使いこなすことは、一層大事になると思います。

社員の名刺の裏側にもお丸山をイメージしたイラストを入れました
社員の名刺の裏側にもお丸山をイメージしたイラストを入れました

 小林:デザイナーを決めるとき、知名度やアートワークが優れているかを考えることに、意味はないと思っています。デザイン経営で何より大事なのは、密なコミュニケーションがとれて、ビジョンに向けてベクトルを合わせられるデザイナーと取り組むことだと実感しました。

既成概念は必要ない

――お丸山ホテルは2021年4月に開業しました。どんなホテルを目指していますか。

 小林:セブンハンドレッドクラブは、ゴルファーもノンゴルファーも楽しめる「ゴルフ場でありながらゴルフ場でなくなる」ことが最終目標です。同じように、お丸山ホテルも、地域の皆様に我が家のように思ってもらえる「ホテルを超える場所」になるべきだと考えています。

 水間:Dcraftの課題で、社員が制作した絵本の中にも「ゴルフ場を超えよう」というキーワードがありましたね。セブンハンドレッドクラブを含めて「みんなが集まれる場所」にしたいという思いは、共有できていました。ゴルフはもちろん、フットゴルフも、温泉や宴会も楽しめる。レストランやバーベキューを目的に来てくれてもいい。温泉ファンやレストランに通う人など、地域の皆さんが愛着を持って自分のもののように使ってくれるなら、きっと面白い場所になると思います。

お丸山ホテルのサイン(表示)も一新しました。リニューアル前(左)に比べて、分かりやすいデザインになっています
お丸山ホテルのサイン(表示)も一新しました。リニューアル前(左)に比べて、分かりやすいデザインになっています

 小林:「ホテルはこうあるべきだ」という既成概念は必要ありません。訪れる人それぞれが自由にとらえられる場所になるのが理想です。いわゆるホテル経営ではなく、地域の方々とともにワクワクできる場所を作りたい。そのために、どんなデザインが必要なのか。今も水間さんや竹本さんの力を借りて、進化させている段階です。

新しい価値を、みんなで

――コロナ禍の今、観光業やホテル業界は逆風にさらされています。デザイン経営でどのように事業を進化させようと考えていますか。

 小林:長い目で見れば、ゴルフ人口は減っていきます。お丸山ホテルは新しい価値をみんなで作るプロジェクトで、今はプロセスの真っただ中。みんなで話し合いながら、売り上げの数字以上のものが生まれつつあります。それが、経営者としてデザイン経営を取り入れていく喜びであり、面白さだと実感しています。