「ゴルフ場=斜陽産業」の印象を変えたい 3代目が進めるデザイン経営
栃木県さくら市のゴルフ場運営会社「セブンハンドレッド」は、中小企業のデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」(ロフトワーク主催)に参加し、組織改革や新規事業のホテル運営に生かしました。3代目社長の小林忠広さん(28)に、ゴルフ場に斜陽産業という印象が付く中、デザインの力をどのように経営に取り入れたのかを伺いました。
栃木県さくら市のゴルフ場運営会社「セブンハンドレッド」は、中小企業のデザイン経営支援プログラム「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」(ロフトワーク主催)に参加し、組織改革や新規事業のホテル運営に生かしました。3代目社長の小林忠広さん(28)に、ゴルフ場に斜陽産業という印象が付く中、デザインの力をどのように経営に取り入れたのかを伺いました。
――小林さんは早くからデザイン経営に取り組み、2020年末からは、全国の中小企業30社が集うDcraftに参加しています。デザイン経営に着目した経緯から教えて下さい。
セブンハンドレッドは祖父が創業し、先代から3年前に事業承継をしました。私が経営に携わる前は、いわゆるトップダウンの会社でした。会長をトップに分かりやすいヒエラルキーがあり、まずはそれを変えたいと思いました。
経営に携わる幹部は私を含めて全員男性で、ロジックを積み上げて論理的、合理的な左脳的な判断をしていました。それも一つの経営手法ですが、いつか限界がくるはずです。それを回避するためにも、アートやデザインなど右脳的な思考で、これまでと反対の方向に振り切る必要があると思い、デザイン経営に関心を持つようになりました。
――左脳的な幹部の理解はどうやって得たのでしょうか。
正直、最初は僕の伝え方も悪く、あまり理解していただけませんでした。だからこそ、1on1でコミュニケーションをこまめにとり、信頼しあえる関係性を構築していきました。それがデザイン経営に取り組むための、最初のプロセスでした。
――心理的な安全性を高めていったのですね。
トップが「デザイン経営に取り組む」と宣言することで、新しいサービスや企画を考えることもデザインである、と言い切ることができ、経営の一環として承認しやすくなります。
社員が主体となって、自分の意思や価値観を生かして仕事に取り組むと、どういう価値が生み出せるか。一つひとつ丁寧にコミュニケーションをとることが大事だと思います。
社員自ら「こんなことをやってみたい」という意思を示し、それが反映されやすい職場が理想です。社員の中には、数字には弱いけど、売り上げとは別の価値を考えるのが得意な人もいるはずです。社員それぞれの個性を生かし、活躍の場を広げることができると思っています。
――デザイン経営を推進するために、具体的に始めたことは何でしょうか。
まず、代表になる直前の2018年に、ビジョンを策定しました。それまでは、理念やビジョン、目標などが何もなく、社員と話をしていると「何を目指して仕事をすればいいか分からない」と言われることが少なくありませんでした。
私は学生時代、ラグビーに打ち込んでいましたが、「全国大会に行くぞ」という目標があったからこそ、チームが一丸となって練習に励むことができました。仕事も同じですよね。
社員の声を参考に決めたビジョンが、「みんなが幸せを実感できるゴルフ場」です。「みんな」とは、(ゴルフをプレーする)お客様はもちろん、地域の皆様やサービスを提供する私たちも含まれています。
――明快なビジョンですね。
ラグビーには「One for all, All for one」(一人がみんなのために、みんなが一人のために)という言葉があり、私たちが目指すことに近い。しかし、そのことを社員に伝えたら「英語が読めない」「意味も分からない」と言われました。意味を伝えても、「分かりにくい」という声があり、誰にでも覚えやすい、そして言葉にしやすいビジョンを定めるべきだと考えました。
――このビジョンを軸に、ゴルフ場の価値を広げたのですね。
ビジョンには「あらゆる人々・環境に喜びを提供し、健康で持続可能な社会づくりを目指し、地域の活力を共に生み出す場所として、進化と変革を続けるゴルフ場」というメッセージが続きます。
具体的には、ゴルフボールの代わりにサッカーボールを蹴ってコースを回るフットゴルフの普及活動に取り組みました。人気漫画「キャプテン翼」の作者・高橋陽一先生にフットゴルフのコースを監修していただいたり、国際大会の誘致を進めたりしました。また、ゴルフをプレーしない人も楽しめるように、場内にバーベキューができるテラスも設けました。
ゴルファーはもちろん、ノンゴルファーやゴルフ場に訪れたことがない人たちに、どうやって価値を届け、地域の活性化につなげることができるかが大切です。「みんなが幸せを実感できるゴルフ場」というビジョンを軸に、アイデアを考えるようになりました。
――デザイン経営は、このようなビジョンの策定が不可欠である一方、抽象的で費用対効果の検証が難しいという課題もあります。
もちろん、売り上げを伸ばすことは大切です。ただ、私は従業員の意思を経営に反映することが、結果として売り上げにつながると信じています。誰かの指示ではなく、自分がやりたいと思ったことなら、仕事へのモチベーションは自然と高まるはずです。主体的に情熱を持って仕事をすることが、人を巻き込む力になると思います。
たとえば、レストランのウェーターに「この料理がおすすめです」とだけ言われるのと、「シェフが素材にこだわって作った季節限定の料理で、とってもおいしいんですよ」と説明されるのでは、印象が全く違いますよね。仕事にまつわるエピソードを、自分の言葉で言えるかどうか。そうした熱量が、数字につながると思っています。
――社員の意識も変化しましたか。
以前、従業員満足度調査を実施したとき、一番点数が低かったのが「社会から必要とされていると思うか」という項目でした。ゴルフ場は、斜陽産業のサービス業というネガティブなイメージが根づいていたからです。
しかし、フットゴルフ場やバーベキューテラスを開設したことで、メディアから取材され、それを見た人たちからも評価されるようになりました。特に影響が強かったのが、地元の新聞で記事になったことです。自分たちも価値を生み出せている、と実感できたのだと思います。新しいことへの挑戦が、徐々に当たり前になってきました。
――セブンハンドレッドは20年、ゴルフ場に近いお丸山公園(栃木県さくら市喜連川)に隣接する旧喜連川温泉ホテルニューさくらを買収し、21年4月に「お丸山ホテル」としてリニューアルオープンしました。
近隣の観光商材は喜連川温泉で、温泉宿は3軒。旧ホテルニューさくらはそのうちの一つでしたが、コロナ禍により元のオーナーの判断で閉館している状態でした。
ホテルがなくなると、人が滞在できない街になってしまいます。私たちのビジョンにもあるように、地域活性化は、ゴルフ場経営を継続する上でとても重要です。買収を検討している段階で社員に相談し、ほとんどの人が賛成してくれました。このときも、新しいことへの挑戦が、当たり前になりつつあることを実感できました。
――ホテルのリニューアルプロジェクトは、全国の中小企業30社が参加したデザイン経営支援プログラム「Dcraft」の課題として取り組み、デザインの力を取り入れていくことになりました。
当初は、Dcraftにふさわしいテーマがなかったのですが、ちょうどその頃に、ホテルの買収が決まり、ホテル名の変更やロゴマークのデザイン、館内設備の改修などで、デザイナーの力を借りる必要が生じました。
社員にとっては、ホテルがデザインによって新しく生まれ変わるプロセスを、リアルタイムで実感できる機会にもなると考え、Dcraftの課題として取り組むことにしました。
※小林さんがデザイン経営のプロジェクトを進めるために、どのように従業員とデザイナーの目線を合わせて、ホテルのリニューアルにつなげたのでしょうか。後編では、プロジェクトに携わったデザイナーや建築家の話も交えながら、迫ります。
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