目次

  1. 後継者難だった家具メーカー
  2. 設立当初から事業承継を模索
  3. 経営を引き受けた三つの理由
  4. ほとんどの従業員が不安を口に
  5. 従業員主導のパーパスづくり
  6. デジタル化も組織改革も
  7. 職人の応募が増える
  8. いずれは経営を従業員に
  9. ポリシーを重視した事業承継を

 ウッドユウライクカンパニーは1983年、先代の神山公一さんが創業したオーダーメイドの家具メーカーです。当初は大手家具メーカーのOEMを引き受けていましたが、自社製品を作るようになり、93年、東京・南青山に直営店をオープン。無垢(むく)材にこだわり、長く愛される家具を作ってきました。東京都昭島市に工場を持ち、一人の職人が製造から搬入、アフターフォローまで担い、根強いファンをつかんでいます。

 それでも内倉さんは「10年くらい前から、経営は悪い循環に入っていた」と言います。「2013年ぐらいまで業績も右肩上がりでしたが、お客さんもブランドと年を取ってしまいます。年間500人いた新規顧客も300人程度に落ち、離職も増えてしまいました」

 後継者はおらず、創業者の神山さんは16年ごろから事業譲渡先を探していました。

東京・南青山にあるウッドユウライクカンパニーのショップ(同社提供)

 19年創業のKESIKIは、デザインとビジネスをかけあわせて企業文化の変革や新規事業づくりなどを手がける会社で、大手企業のクライアントもいます。

 CDOの石川さんは、世界的デザインコンサルティングファーム「IDEO Tokyo(アイディオ トーキョー)」の立ち上げメンバーで、デザイン思考の専門家。COOの内倉さんは投資ファンド「ユニゾン・キャピタル」で、多くの企業再生を手がけました。

 デザインファームが自ら事業承継を担うのは珍しいケースですが、石川さんは「KESIKI設立当初から計画していました」。

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