親から「継いでくれ」ではなく「助けてくれ」と言われたのが後継ぎになったきっかけとのことでした。「助けてくれ」の言葉にある通り、入社した時は経理などに問題がある状況でした。そして入社したものの、周りは何も教えてくれないという、本当に逆境にぶつかったのが現在の社長です。
しかし、そこで腐ることなく、自分が出来ることを必死で探し、自らが新たな仕事を作り出したことは素晴らしいと思います。もともと働いていた従業員にとって、社長の家族とはいえ、会社のことを十分に知らない人材です。後継者がそうした従業員に認めてもらうためには、何か付加価値を見せることが重要です。
また、外部の経営塾に通って色々勉強しているところも実力をつけるには良いことです。塾の講師から「ビジネスでは自分に関係ある依頼しかこない。誘いを断ることは大きな機会損失だから、行動力は常に高く維持しなければならない」と指摘されて、それを自分の行動変容につなげたことも参考なります。
米国のスタートアップ研究をしている研究者などに聞いたところ、成功する起業家に一番重要なことは「行動力がある人」とのことです。「行動は何よりも勝る」ということをモットーにしている起業家は米国に多くいます。そのことに気が付けたのも外部で勉強した成果でしょう。この会社は規模を追わずに適正値を守って、求められる技術力を維持するとしています。そのビジョンに合わせて、より良い企業になることを期待します。
【2】苦しいときに磨いたオンリーワン:昭和書体
パソコンを使ってフォント化の作業を進める坂口太樹社長
バブル崩壊後に仕事がなくなり、大量に巻物にひたすら字を書くしかない状況で、その巻物を見た取引先から言われた「すごい文字だ。フォント化して売ったらどうか」の一言。ここから、会社の復活が始まります。看板業が斜陽産業となっても、フォント業という新たな業態への転換が成功しました。
このようなことができたのも、看板を作るだけでなく、字を書くという職人技の部分を大事にしてきたからだと思います。とはいえ会社が苦しい時に、技量を維持するためにひたすら字を書き続けたことは大変不安であったと思いますし、その精神力と信念に素直に頭が下がります。
苦しいときにオンリーワンの技術を磨く、そして周りの人のアドバイスに素直に従うことの大事さを痛感しました。鬼滅の刃のフォントになった背景には、こうした鍛錬があったことが印象的です。また、独特の書体を生むというアートと、1書体につき7千字を同じ特徴で書くという職人技、そしてコンピューター化を進めるというサイエンス、全てをうまく結合しているところも注目点です。
【3】新入社員時代の苦労を活用:タミヤホーム
タミヤホーム2代目社長の田宮明彦さんは解体工事への参入で、会社を急成長させました(同社提供)
ツギノジダイに登場する企業家の方の多くは若い時に別の企業で修業しています。この記事に登場する後継者もまずは不動産会社で社会人人生をスタートしています。そこでは毎日怒られてばかりだったとのことですが、それにも負けず、先輩たちが何を望んでいるかを真剣に考えることで、数年後には会社で活躍する人材になったとのことです。
そしてそのノウハウやネットワークを生かして、今は解体業で自社を大きくしています。新入社員時代は仕事もわからず、苦労した経験を持つ方も多いと思いますが、その経験をうまく活用しているところは非常に素晴らしい。また、今は解体業のコンシェルジュとして、解体工事だけではなく、土地売却の仲介、建て替え、相続、資産運用などに関する相談にのるなどサービスの付加価値を高めていることも注目に値します。
そもそも不動産会社に就職したのは、いずれ家業に生かしたいとの思いがあったとのことですが、修業中であれ、勉強中であれ、上司から言われたことだけ取り組むのではなく、問題意識を持って接することの重要性を認識するケースです。
【4】自分の強みを見つめ強化:弘前ブラザー
弘前ブラザー4代目の久保田宗さんは、ミシンの扱いを一から学びました(写真はすべて同社提供)
がんを宣告されて自分を見つめなおし、それが家業を継ぎたいとの気持ちにつながりました。しかし、継いではみたものの、家業であるミシンのことはよく知らず、また、営業は苦手といった状況でした。こうした中でもあきらめず、「一人での作業が苦にならない」という強みに気が付き、仕事を覚えながら、日々ミシンの修理や刺繡(ししゅう)、作品制作に取り組み、入社から数年でミシンの使い方はもちろん、故障品の修理全般を行えるまでの技術を身に付けたとのことです。その粘り強さが本当に素晴らしいと思います。
また営業に強い前社長と違う強みを身に付けることで、うまく事業承継させています。特に面白いのがホームページでの情報発信に工夫しているところです。修理工程をブログに載せることで、丁寧な仕事ぶりを示し、県外からの受注につなげています。確かに最終製品も大事ですが、作っている途中を見せるほうが、丁寧な仕事をしている会社には宣伝になります。この会社の強みは、真面目で丁寧でものづくりの楽しさを大事にしているところです。この強みが発揮できるのも、社長が徹底して技術を磨いたからと思います。
【5】事業整理と同時に進めた成長戦略:アクラム
アクラム3代目の勝谷仁彦さんは、新しいブランドの立ち上げで会社を急成長させました(アクラム提供)
前社長が経営していた時代、アパレルのOEMをしていましたが、大量生産・大量消費時代が終わり、OEMが必ずしも良いものではなくなってきています。それが会社の経営危機につながっていました。そこで新社長は会計事務所で身に付けた知識をフル動員して、財務改善に努めるとともに、OEMをやめて自社ブランドを立ち上げて会社を立て直しています。
「いざとなったら会社のつぶし方も知っていた」とありますが、意外と撤退戦略や出口戦略は企業経営者があまり注目しないところです。それがわかっているというのは会社再建に力を発揮します。また、財務に強い人材は財務ばかり見てコストカッターとなり、成長戦略を見落としがちですが、この会社は後ろ向きの戦略と同時に、自社ブランド立ち上げという成長戦略を進めたことも評価できます。
自社ブランド立ち上げの素晴らしいところは、小口受注も可能としたことで、取引先が在庫を抱えずにいられることです。小回りが利く戦略をとったことはリスクを削減する意味で非常に有効な戦略です。
またブランドストーリーを作ることで、まねされない会社を作っていることもこの会社の強みです。自社だけでなく、取引先なども含めてwin-winの関係を作ろうとしているとのことですが、とても素晴らしいビジョンであり、ぜひとも頑張って欲しいものです。
総括:逆境から学ぶ
修業先での苦労、継いだ会社が借金まみれ、大病を患う、会社が時代遅れ、継いではみたものの何をしてよいかがわからない…など、今回紹介した企業の社長の方々は修羅場を経験しています。そしてそこからリカバリーショットを打つことに成功しています。
とはいえ、逆境から脱却するのはとても難しいことです。学校では「逆境の逃げ方」などは教えてくれませんが、今回の記事にはそのヒントが多くありました。
一つは自分の技術を磨き上げることです。オンリーワンの技術、気持ちがこもった作品は必ず人の目に留まります。また、勤務先の人が保有していないスキルを自分が持てば、会社にとって不可欠な人材となります。受注の減少期などは仕事が無くなってしまいますが、時間はあります。その逆境を逆手にとって技術を極め、復活した話がとても印象的でした。
二つ目は人の話を聞くことです。外部の経営塾の講師の一言で自分を変えたほか、新人社員の時に先輩の意向を聞く努力をするケースや、取引先の何げない一言を復活の兆しにした話も大変勉強になりました。
三つ目は冷静に自分と自社を見つめなおすことです。自分が本当にしたいことは何か、自分が本当に得意なことは何かを冷静に見ている事例がみられました。また、前社長の経営の悪いところを冷静にみて、時代に合わない部分は思い切って辞めるという決断力の重要性も痛感させられました。
このようにみると、①自分の強みの強化、②他人の知恵・アドバイスを生かす、③冷静に外部環境と自分の実力を観察する、というのが逆境からの脱出方法といえます。困難を糧に自社を一層成長させた企業の多さに勇気付けられるのが今回の記事の特徴です。
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