団塊の世代が75歳以上の高齢者になると言われる2025年が迫るなか、事業承継は喫緊の課題となっています。早期の事業承継を進め、後継者にも十分な後押しをすることが重要だとして、中小企業庁が2020年度から毎年度開催しています。第6回に向けた予算も、政府の2025年度当初予算案に計上されました。
2027年度までの目標として、50件の新規事業展開や事業拡大が生まれることを目指しています。そこで、これまでエントリーした後継者にその後の展開を聞くと、事業の芽が育ちつつあることがわかりました。
「もともと構想していた事業でしたが、ブラッシュアップできたことはよかったし、書類審査で落ちたことが事業を進めるうえでのモチベーションになりました」と話すのは、福岡県柳川市の「乗富鉄工所」3代目の乗冨賢蔵さんです。
第3回アトツギ甲子園で「職人技で地方を元気にする!鉄工所発の地域課題解決『ノリノリプロジェクト』」をテーマにエントリーしました。職人技×デザイン×コラボレーションで様々な事業を生み出し地域課題を解決していく活動を提案しましたが、結果は書類選考で落ちました。
しかし、そこで終わることなく、会社の外に出て、周りの人をどんどん巻き込んだ結果、福岡大学の学生やデザイナー、家具メーカー、観光業者などとコラボレーションを通じて様々な事業が生まれました。
その一つ、アウトドアブランド「ノリノリライフ」は年間1500万ほどを売り上げる事業にまで成長しました。
ものづくり企業をあつめて福岡県柳川市の自社工場で開催した「ツクルフェス」は1日で3000人を超える来場を記録。
ノリノリプロジェクトを通して企業のカルチャーが広く知られるようになった結果、カルチャーマッチ度が高い社員が増え、本業である水門事業も伸び、2023年には歴代1位(14億9千万円)、2024年には歴代2位(14億2千万円)の売上を記録しています。
「事業化は悔しさという燃料があったから」
和歌山県御坊市の創業112年の仏壇店「お仏壇の阪本」4代目の阪本琢磨さんは2022年12月、第3回アトツギ甲子園に「自分の心と時間をとりもどす お香を通じてマインドフルネスをあなたへ」というタイトルで、マインドフルネス(瞑想)のためのお香を販売するプランを提案しました。
しかし、競合分析や商品自体の甘さを指摘され、書類選考で落選しました。
それでも、あきらめきれなかった阪本さんは落選から9日後の2023年1月28日、商工会議所青年部和歌山県連主催のピッチコンテストにブラッシュアップした内容で出場し優勝。
のちに睡眠のためのお香に方向転換し、2025年1月12日までMakuakeで応援購入プロジェクトを立ち上げています。低価格帯の商品にも関わらず100万円を超える応援が集まっています。
熱量と睡眠時間を使い、作り上げた資料があっさりとアトツギ甲子園の書類審査で落とされるという現実に直面した阪本さんは唇を噛み締めながら、他のエントリー者たちが勝ち進む様子をSNSで追いかけていたといいます。
「事業化にこぎつけることができたのは、悔しさという燃料があったからです」
事業を伸ばす過去のエントリー者たち
このほかにも、多くのエントリー者が事業プランを成長させています。
サブカル造形の救世主!伸びる塗料の「ウレヒーロー」をテーマに、第2回アトツギ甲子園で優秀賞に選ばれた斎藤塗料(大阪市)5代目の菅彰浩さん。
SNSを駆使して、ゴムなどに塗装しても柔らかさが維持されるという柔軟性・伸縮性に特化したウレヒーローをアピールすると、BtoC向けのフィギュア塗装の用途で注目され、2022年度の売上高は2400万円超という成果につながりました。
徐々にスポーツ関連商品などBtoBの工業用途に広がっており、2023年度にBtoCの売上高を上回りました。2024年度は月平均で2022年度から2倍近くまで伸ばしています。
第3回アトツギ甲子園エントリーしたノムラ化成(埼玉県)の野村亮太さんは、社内の業務カイゼンで培ったDXのノウハウを外部に提供するというテーマで、書類選考を通過。地方大会まで進出しました。この間、実績を作ろうと動いたことがその後の事業展開に役立っています。
タイでDX支援のための新法人を立ち上げ、Google Workspaceの導入・教育支援を手がける「ストリートスマート」のタイ法人に参画。その結果、Google APAC本部メンバーとつながりも生まれ、野村さんは「Googleに一番近いところで最新の考え方に触れる機会が得られています」と話しています。
売上も利益もまだ小さいものの成果は出ているといいます。さらにノムラ化成のタイ法人で、社内アプリ開発者が育成できたり、本社でも若い社員が応募してきてくれたりするようになるといった効果も出ています。
第4回アトツギ甲子園準ファイナリストに選ばれた「ボイスクリエーションシュクル」(さいたま市)の佐藤直さんは、呼吸法や発声法、表情筋を鍛える運動などを組み合わせた独自のトレーニング法「声磨き」を生かして、プロスポーツクラブやホームタウンの自治体と連携して「声×スポーツ」で地域活性化に取り組んでいます。
スポーツ庁の実証事業として2年連続で採択されたり、運用しているコミュニティ参加者数が1年で20倍に増えたりと、社内外から「声」の重要性が少しずつ認められているといいます。この1、2年で全国で横展開できるモデルとしての手応えを得たとして「2025年は自社の新たな事業柱として成長できるようさらに加速していきます」と話しています。
補助金だけでない中小企業の事業開発支援
アトツギ甲子園に優勝賞金はありません。優勝したらVCと必ずつながれるわけでもありません。それでも、2024年度の第5回は全国から189社のエントリーがありました。大会後にエントリーした後継者同士のネットワークやコラボレーションが生まれるのがアトツギ甲子園の特徴の一つです。
今回、取材をするなかで、事業化につながった事例がいくつもありました。コロナ禍以降、事業再構築補助金など事業開発を後押しする数千億円規模の補助金が立ち上がったものの、日本各地で似たような自販機や無人販売店の事業が急増するなど、その後の効果検証で疑問視する声が上がっています。
一方で、アトツギ甲子園を含む後継者支援ネットワーク事業の予算は1年度で数億円。エントリーする中小企業の後継者は多い年でも300社程度にとどまり、政府内には、アトツギ甲子園を続けて意味はあるのかという厳しい意見もあります。
また、直近の大会運営では、エントリー者を増やすため、支援機関の巻き込みや事業開発支援にも力を入れており、一番の目的である「地域の後継者の掘り起こしや、掘り起こされた後継者同士と先輩経営者によるネットワークの構築」から外れ、本当に“アトツギ”のための事業なのかという声も聞こえてきます。
それでも、この5年間続けてきたことで“事業の芽”が確実に育ちつつあります。政府は、EBPM(証拠に基づく政策立案)を重視していますが、流行では終わらない事業の継続性まで含めた費用対効果で考える必要があります。中小企業政策というと、補助金が注目されがちですが、補助金だけでは実現できない支援がここにあります。
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