【コラム】中小企業診断士試験は役に立つ㊦ 2次試験で経営の疑似体験を
4月25日から2024年度の申し込みが始まった中小企業診断士試験は、コンサルタント志望者だけでなく、後継ぎの方にとっても、いずれ経営を担った時に生かせる学びが詰まっていると感じています。筆者の受験体験を振り返るコラム後編では、23年度2次試験合格までのプロセスを紹介しながら、後継ぎの皆さんがいずれ経営を担った時、自社の改善に生かせそうなポイントをまとめました。
4月25日から2024年度の申し込みが始まった中小企業診断士試験は、コンサルタント志望者だけでなく、後継ぎの方にとっても、いずれ経営を担った時に生かせる学びが詰まっていると感じています。筆者の受験体験を振り返るコラム後編では、23年度2次試験合格までのプロセスを紹介しながら、後継ぎの皆さんがいずれ経営を担った時、自社の改善に生かせそうなポイントをまとめました。
目次
【注】本記事は特定の教材や勉強法を勧めるものではありません。教材選びや勉強法は個人の判断でお願いします。記事で触れた合格基準や出題範囲、配点は、23年度試験の案内や問題に基づくものです。受験の際は、最新の情報をご確認ください。
筆者は21年度から中小企業診断士試験の勉強を始め、1次試験を3回目で突破し、23年度の2次試験に進みました(前編参照)。マークシートの選択式の1次試験と異なり、2次試験の筆記は記述式です。架空の中小企業事例を読み解き、問題文に沿う形で経営分析や改善提案を行います。科目は、事例Ⅰ(組織・人事)、事例Ⅱ(マーケティング・流通)、事例Ⅲ(生産・技術)、事例Ⅳ(財務・会計)の四つです。筆記合格者には口述試験が課され、それを突破すれば最終合格となります。
2次試験の合格基準は「筆記試験における総点数の60%以上であって、かつ1科目でも満点の40%未満がなく、口述試験における評定が60%以上であること」と定められています。2次筆記は400点満点で240点が合格ラインと計算できます(点数が40%未満の科目がない場合)。2次筆記は各科目の点数が開示されますが、模範解答や各設問ごとの採点は非開示です。23年度2次試験は8241人が受けて1555人が合格し、合格率は18.9%でした。
23年度の2次試験(筆記)は、8月初めの1次試験から2カ月半後の10月末にありました。24年度は1次試験が8月3、4日、2次試験が10月27日(筆記)と2025年1月26日(口述)です。
筆者は23年度1次試験翌日の正解発表を受けて自己採点した結果、合格が確実であることが分かりました(合格発表は1カ月後)。合格者は当該年度の2次試験に落ちても翌年度の1次試験を免除されます。そのため、2次試験は2回分の受験機会を得ましたが、筆者は23年度中の合格を目指し、再び一から勉強を始めました。
各科目の詳細は後述しますが、2次試験の事例Ⅰ~Ⅲは、各科目3千~4千字程度の問題文が与えられ、各科目4~5問の設問に答えます。設問ごとに最大150字程度の字数制限もあります。事例Ⅳは財務諸表や製造・販売データをもとにした計算問題や論述問題で、少し毛色が異なります。
2次試験の難点は、事例Ⅳの一部をのぞき、絶対的な正解が分からないことです。試験後に出題の趣旨は発表されますが、模範解答は公表されません。各専門学校の過去問分析を見ても、同じ設問で採点の見解が割れていることもあり、最初は途方に暮れました。
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筆者は仕事の前後や休日などを利用し、16~22年度の過去問をひたすら解きました。過去に高得点を取った答案の傾向をまとめた参考書があったので、繰り返し読みました。
また、2次試験の問題は1次試験の知識を踏まえたものになります。事例Ⅰ、Ⅱは企業経営理論、Ⅲは運営管理、Ⅳは財務・会計と強い関連性があります。筆者も過去問で行き詰まるたび、1次試験のテキストやレッスン動画に立ち返りました。
専門学校の模擬試験は計2回受けました。最初の模試は合格ラインを大きく割りましたが、2度目の模試で合格ラインにあと数点に迫り、自信がつきました。
本番の筆記の結果は、事例Ⅰ、Ⅲで60%以上を獲得、Ⅱ、Ⅳは60%未満だったものの、4科目合計で60%の合格ラインを突破しました。
今振り返ると、筆者にはアドバンテージが二つありました。一つは新聞記者として約20年の経験があり、締め切りまでに要点をまとめて規定行数に収める訓練を積んでいたことです。
もう一つは、ツギノジダイ編集者としての経験です。ツギノジダイの「経営者に聞く」で掘り下げている中小企業経営者のストーリーは、2次試験に出題される企業事例の内容と似ています。筆者は年間100社以上の事例を編集しており、日常業務の中で自然と診断士試験の問題演習ができていたのかもしれません。
2次試験はどの科目も架空の企業を挙げて、沿革や立地環境、経営者のキャリア、強みと弱み、外部環境、財務面の推移、生産やサービスの特徴、従業員の状況、経営戦略などがストーリー形式で示されます。試験時間はいずれも1時間20分です。
23年度2次試験(筆記)の内容をもとに、科目別の特徴などを紹介し、後継ぎの方の経営改善に生かせそうなポイントを説明します。
社内の組織マネジメントについて問われます。23年度は、大都市近郊の老舗そば店を舞台に、同業との経営統合に伴う組織マネジメントや留意点、両社の強みを生かした競争・成長戦略に関する助言などが出題されました。
過去には、権限委譲のあり方、「右腕人材」を生かした従業員育成、社員の挑戦心を高める施策など、マネジメント能力が幅広く問われました。
中小企業のM&Aは増加傾向にあります。ツギノジダイでも、後継ぎ経営者が後継者難の企業をM&Aで傘下に加え、事業成長につなげた事例を取り上げています。23年度試験はこうしたトレンドを踏まえたもので、買収側の視点から、買収される側の組織文化や経営課題にどう配慮し、シナジーを生み出すかに焦点を当てていると感じました。
現段階では、人事制度や育成に携わっていない後継ぎの方も多いかもしれません。しかし、いずれ経営を担う立場になれば、事業成長につなげる組織マネジメントは必須スキルです。実際、23年度の問題も、客層、立地、価格、組織文化の異なるそば店が、同一グループとして成長するための助言が求められました。
2次試験の勉強を通じ、事例ベースで組織運営のシミュレーションができるのはプラスになります。問題で取り上げられる異業種の組織マネジメントから、自社に生かせそうな点を考えることも可能ではないでしょうか。
中小企業の新製品やサービスの浸透を中心に、マーケティング・流通面での分析力や提案力が問われます。23年度は、都市部近郊にある野球用品中心のスポーツ店を舞台に、児童の保護者の費用負担を減らすための販売手法、イベント企画や顧客データの活用、オンラインコミュニケーションを通じた野球離れへの対応策などが問われました。
過去には、オンライン業者との協業、フランチャイズ戦略などが問われ、離島企業がユーザーを島に呼ぶツアーを企画提案するというユニークな問題もありました。
優れた商材を広めるには、中小企業もマーケティングや流通への理解が欠かせません。ただ、リソースも限られる中では、施策の取捨選択が必要です。ツギノジダイでも、スポーツユニホームのブランディングやネット営業に成功したアパレルメーカー、イベント企画やサブスクリプションモデル導入でスポーツバイクのファンを増やした自転車店の事例などを扱っています。
後継ぎとして営業やマーケティングの最前線に立ち、新規事業を任されている方もいるでしょう。それでも試験勉強を通じて、マーケティング・流通のトレンドに触れることで、自社に生かせるヒントが見つかる機会になるかもしれません。逆に製造一筋の方であれば、販売の視点を持つきっかけになります。
経営を担うことになれば、異業種との協業で顧客を開拓する成長戦略も求められます。机上の事例であっても、普段は触れる機会のない業種のマーケティング戦略を練ることで、自社の新規事業への気づきが得られるかもしれません。
仕入れや工程、在庫管理、工場内レイアウト、人員配置や技術継承など生産面にまつわる広範な課題の解決力が問われます。23年度は、地方都市の業務用食品製造業を舞台に、高級宿泊施設からの受注増への対応、スーパーと連携して企画する総菜の生産体制構築などが問われました。
過去には、小ロット生産への対応、納期遅延対策でのIT活用、後工程引き取り方式の構築と運用、クレームへの対応策などが問われています。
製造業の生産技術に関する課題を掘り下げる科目ですが、仕入れから製造・加工、在庫管理、配送に至るまで、工程の流れ全体が問われることが多いです。自ら実務で担っている工程だけでなく、経営者として知っておくべき俯瞰的な知識が求められます。ツギノジダイでも、メーカーの工場改革の舞台裏を取り上げた記事があります。
今回、出題された事例企業の顧客として、高級宿泊施設やスーパーがありました。直接の製造に関わらない小売りやサービス業の後継ぎであっても、製造現場の課題を知ることで、経営を継いで業者に発注する際の役に立つはずです。
実際の現場で、工場内の問題点を外部に公開しているケースは必ずしも多くありません。現在、製造に携わっているかどうかに関わらず、診断士の勉強を通じて課題解決への助言を考え抜くことで、自社の課題の洗い出しや成長の可能性をつかむ一歩になるのではないでしょうか。
財務諸表の読み解きやCVP分析、投資の可否など、経営判断に必要な財務・会計の実践的知識が求められます。23年度は化粧品会社を舞台に、財務諸表の分析、新規事業の男性向けアンチエイジング製品の生産設備に関する投資判断などが問われました。
過去には、利益を最大にするセールスミックスの計算、不採算事業の存廃に関する助言、取締役の業績評価に用いる財務指標の問題点と改善点などが問われました。
他の科目と異なり、財務諸表から売上高営業利益率などの財務指標を算出したり、損益分岐点比率を出したりする計算問題があります(電卓は一定の条件で使用可)。加えて、財務分析の結果を踏まえて、新規事業に向けた課題や改善点を指摘する記述問題もあります。ツギノジダイでも、独自の資金繰り表で収益を改善した後継ぎの記事や、決算書の読み方を伝える連載を展開しています。
財務に関わっていない方はもちろん、自社で経理を見ている後継ぎの方でも、非上場企業の詳細な財務諸表に触れる機会は少ないでしょう。試験問題では、比較的リアルな財務指標が出てきます。限られた時間内で、事例企業の財務面の課題を読み解き、改善策をシミュレートする訓練を重ねることで、自社の課題がより見えやすくなるかもしれません。
専門性が強く、事例Ⅳに絞った参考書があるほど難易度の高い科目です。しかし、財務諸表や投資判断指標の正確な読み解きや予測、それに伴う経営判断は、経営者として避けて通れません。もちろん、公認会計士や税理士などの支えはあると思いますが、専門職から適格なアドバイスを受けるには、経営者自ら財務面の課題を把握し、言語化して伝えることが必要です。2次試験の勉強を通じて、財務分析と改善提案を疑似体験することは、経営者になったときの下支えになると感じます。
2次試験の筆記に合格すると、発表から約10日後に口述試験が行われます。口述試験は面接担当者2人から10分程度、筆記で出題された事例Ⅰ~Ⅳに関連した質問を受けます。口述試験も「評点が60%以上」という合格基準がありますが、採点結果は公表されません。
筆者は筆記合格後、問題文を何度も見返したり、専門学校の模擬試験を受けたりして準備しました。当日は事例ⅡからSWOT分析、事例Ⅳから投資判断に関する質問などがあり、無事に通過しました。
毎年、口述試験はほぼ全員が合格しています。23年度は1557人が口述試験の資格を得て、不合格はわずか2人でした。試験に欠席せず、質問に的確に答えられれば、合格すると思われます。
口述試験を通過すれば、診断士試験の最終合格となります。その後、資格者として活動するには実務補習または実務従事を通じて、2次試験合格後3年以内に計15日間の企業コンサルティングを行い、国に資格申請する必要があります。筆者も現在、資格登録に向けた準備を進めています。
2次試験は模範解答が発表されず、何が正解なのかを推し量るのに苦労するかもしれません。しかし、それは正解への確信がないまま、事業成長へのかじ取りをしなければいけない、中小企業経営者も同じではないでしょうか。
筆者が2次試験で、受験経験者からアドバイスされたのは、「事例企業の社長の気持ちに寄り添い、事業成長に向けた現実味のある助言をすること」でした。
絶対的な正解がないため、自らの経験や専門知識を踏まえた助言や、リスクの高い提案を解答欄に書くこともできます。しかし、実際は問題文に出てくる事例企業の身の丈に合った助言や提案を書かないと、高得点は難しいと感じています。
あくまで、問題文や設問で与えられた条件や経営環境を踏まえてアドバイスする。これは、後継ぎの方が経営トップとして自社の課題に向き合うときも、他社の課題解決に向けた事業提案をする際も、同じではないでしょうか。
後継ぎとして経験を積んではいても、自社とかけ離れた業種の経営改善を提案する機会はめったにないでしょう。しかし、2次試験ではそれを疑似体験できるメリットがあります。
もちろん、診断士試験の勉強をしただけで、後継ぎとして経営を前に進められるほど甘くはないと思います。筆者もその点は自覚しています。それでも、後継ぎの皆さんが自社の強みを生かしながら、他業種と力を合わせたイノベーションを起こしていくための訓練として、診断士試験は活用できるのではないか。2年半の勉強を通じて、そう実感しました。
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