【注】本記事は特定の教材や勉強法を勧めるものではありません。教材選びや勉強法は個人の判断でお願いします。記事で触れた合格基準や出題範囲、配点は、23年度試験の案内や問題に基づくものです。受験の際は、最新の情報をご確認ください。
中小企業診断士は中小企業支援法に基づき、経済産業大臣が登録する国家資格です。試験を運営する一般社団法人中小企業診断協会は、診断士の役割を次のように定義しています。
試験は年1回行われ、経営全般の知識を問うマークシート方式の1次試験(7科目)、架空の企業に経営改善策などを提示する記述式の2次試験(4科目と口述試験)に分かれます。受験者数は右肩上がりで、23年度の1次試験は、10年前より約4400人多い1万8621人(全科目受験者)が受験しました。24年度は1次試験が8月3、4日、2次試験(筆記)が10月27日に行われます。
1次は700点満点で、2次は400点満点。合格基準は1次、2次とも「総点数の60%以上で、かつ1科目でも満点の40%未満がないこと」などと定められています。従って、1次は420点、2次は240点が合格基準と計算できます(点数が40%未満の科目がない場合)。
23年度の合格率は1次試験が29.6%、2次試験が18.9%でした。単純計算すると、最終合格率は約5%となります。23年度の2次試験合格者1555人の内訳を見ると、民間企業勤務が1043人(約67%)で最も多く、自営業者(経営コンサルタントや税理士なども含む)は102人(約7%)でした。年代別では30~39歳が最も多い546人(約35%)となっています。
筆者はツギノジダイの編集者になるまで20年間、主に新聞記者をしていました。スポーツ現場や地方での取材が多く、経済専門の部署で経営の基本を体系的に学んだわけではありません。編集者としてスキルアップの必要性を感じ、診断士試験に挑んでいた当時の上司(22年度合格)に受験を勧められ、2021年4月から勉強を始めました。
筆者が強くひかれたのは、経営に関する知識を網羅的に学べる点です。1次試験は、企業経営理論、財務・会計、運営管理、経済学・経済政策、経営法務、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策の7科目になります。各科目の特徴は後述しますが、業種をまたいで役立つ理論から実践的な知識までカバーしています。後継ぎの方はそれぞれ高いスキルをお持ちだと思います。それでも、すべての分野に通じている方は少数派でしょう。
いずれ家業を率いる立場になれば、総務、法務、製造、営業、販売、マーケティングなどの視点を踏まえた、高度な経営判断が求められる局面があるはずです。診断士試験を通じ、異業種や異分野の知識に触れておくのは、プラスになると筆者は感じます。
「科目合格」を生かす
筆者の勉強法に触れる前に、中小企業診断士1次試験の「科目合格」について説明します。この仕組みがなければ、筆者も受験をためらったかもしれません。
1次試験合格には、7科目で60%(420点)以上が必要となります。ただし、試験では「科目合格基準は、満点の60%を基準として、試験委員会が相当と認めた得点比率とします」という規定があります。つまり、その科目で60%(60点)以上を取れば基準クリアとなり、「科目合格」と認定されれば、その後2年間、当該科目の試験が免除される仕組みです。ちなみに科目ごとの合否は分かりますが、個々の点数は開示されません。
例えば、2科目免除で5科目受験になった場合は、500点満点の60%(300点)で1次試験通過となります(受験科目での足切りがない場合)。
1次試験突破まで3回かかった筆者の場合は、以下のステップで合格しました(※23年度は、経営情報システムで合格ラインに届かなかったものの、受験4科目合計で60%以上をクリアしたため1次試験を突破)。
科目 |
2021年度 |
22年度 |
23年度※ |
企業経営理論 |
〇 |
免除 |
免除 |
運営管理 |
× |
〇 |
免除 |
経営法務 |
× |
〇 |
免除 |
財務・会計 |
× |
× |
〇 |
経済学・経済政策 |
× |
× |
〇 |
中小企業経営・中小企業政策 |
× |
× |
〇 |
経営情報システム |
× |
× |
× |
初年度での1次試験突破が難しくても、科目合格を勝ち取れば、翌年、翌々年は受験科目が減り、勉強の負担が減ります。初学者は得意科目に集中し、勉強が追いつかない科目は「捨てる」という選択もできます。実際、大手専門学校には、複数年での合格を目指すコースもあります。
筆者も受験1年目は1科目、2年目は2科目で合格を得たため、3年目は4科目の受験で済み、負担を減らすことができました。
後継ぎの皆様は日々多忙だと思います。ストレート合格だけを目指すと、ハードルの高さにおののくかもしれません。しかし、診断士試験はまず科目合格を狙い、段階的に合格への道を開くことも可能で、仕事との両立がしやすいと言えるかもしれません(※弁護士、公認会計士などの専門職が科目免除される制度もありますが、本稿では説明を省きます)。
丸暗記から過去問演習へ
筆者が受験を思い立ったのは、21年度の1次試験の約3カ月前。初年度での突破は難しいと思い、まず科目合格を目指しました。
ダブルスクールに通ったり、複数の教材で学んだりする時間的な余裕はなく、1次試験は、テキストと動画がセットになった通信教材をメインに使いました。受験を後押しした当時の上司の勧めでした。
平日は仕事の前後に計2時間ほど、休日は3時間ほど勉強に費やしました。ただ、多忙な時期やモチベーションが上がらないときは、勉強を休んでいた時期もありました。
21年度、22年度は動画やテキストの内容をひたすら暗記。その結果、21年度に企業経営理論、22年度に運営管理と経営法務に合格したものの、丸暗記中心の勉強に限界を感じました。3年目からは元上司のアドバイスもあり、過去問中心の勉強に切り替え、過去10年分くらいを解きました。23年度は4科目合計で、60%の壁を突破しました。
各科目の特徴と経営に生かせるポイント
1次試験には、実務で得た知識で解ける問題も少なからずあります。後継ぎとして日々、経営課題に向き合っている皆さんなら、一読して解ける問題がたくさんあるかもしれません。
一方、出題範囲が多岐にわたり、実務経験だけでは突破が難しいのも事実です。腰を据えた勉強も必要になります。
1次試験はマークシート方式で、四つか五つの選択肢から一つの正解を導くスタイルです。筆者の体験も踏まえ、各科目の特徴を説明します。
企業経営理論
経営戦略、組織論、マーケティングなど、財務面以外の経営の基本を網羅的に学びます。経営全般の知識が体系的に問われるため、ほかの6科目にも通じる基本科目と言えます。試験時間は1時間半、配点は1問2~3点になります。
直近の23年度は「ドメイン」、「VRIO分析」、「ブランディング」、「D2C」などに関する問題が出題されました。
経営の最前線にいる方なら知っている用語や理論が、出てくることが多い科目です。後継ぎとして、経営理念や経営計画という会社の柱を作るときや、環境の変化を踏まえた全社的なマーケティング戦略など、経営の羅針盤にするための知識が得られると感じました。
財務・会計
簿記や企業会計の基礎、経営分析、原価計算、キャッシュフロー、投資決定など財務面の基礎知識を問う科目です。一部計算問題もありますが、電卓の使用は禁止されています。試験時間は1時間、配点は各4点です。
23年度は、減価償却費の算出、貸借対照表やキャッシュフロー計算書、付加価値率の算出と労働生産性に関する問題などがありました。
前職で財務部門の経験があったり、家業で日常的に経理を担当していたりする方は、取り組みやすいでしょう。しかし、そうでなければ一から簿記を学ぶ必要があります。
工場や店舗などで日々の業務に追われている方は少なくないと思います。「経営側に入るまで社内の財務に触れる機会はなかった」という声も聞きます。しかし、診断士試験の勉強を通じて財務の基礎知識に触れることで、家業の財務状態を俯瞰的にとらえ、自分なりに問題点を探る機会を作ることは、決して無駄ではないと感じています。
運営管理
工場や店舗における生産管理や販売体制を改善するためのオペレーションに関する科目です。生産管理と店舗・販売管理に分かれます。試験時間は1時間半で、配点は各2~3点です。
23年度は、アローダイヤグラム、工数管理、インストア・マーチャンダイジング、トラックの中継輸送などから出題されました。
製造業も小売業も含めたオペレーションの知識が問われ、生産管理の指標を問う計算問題から、法律、販売戦略、情報システムの知識に至るまで多岐にわたります。自社と異なる業種の専門知識も求められ、網羅的な理解に時間がかかるかもしれません。
しかし、仮に管理部門を中心に歩んでいる後継ぎでも、工場や店舗運営の課題感を知ることで、現場から挙がった改善要望への理解が深まります。また、サプライチェーンの広がりで、製造業が小売業に進出、あるいはその逆のケースも珍しくなくなっており、異業種の運営管理の知識に触れておくことは、新規事業開発の土台にもなるはずです。
経営法務
企業経営に関係する実務的な法律知識や、経営支援に携わる弁護士などと渡り合うための最低限の実務的知識が問われる科目です。試験時間は1時間で、配点は各4点です。
23年度は、株主総会、取締役・監査役の選任、商標、経営承継円滑化法などが出題されました。
前職で法務部門に所属していたり、実務で弁護士らと接していたりする方なら、頭に入りやすいかもしれません。ただ、会社法や知的財産権に関する法律を中心に細かい知識が問われ、暗記も必要になります。
中小企業もコンプライアンス意識の高まりで、法律の理解がより求められています。特に、特許や実用新案、商標に関する知識を身に付けることは、新規事業を立ち上げたり、模倣を防いだりすることに役立つはずです。専門的な助言は弁護士や弁理士らが担いますが、決定権はあくまで経営層です。自社の課題と法的リスクをひもづけ、適切な判断の土台となる知識を学ぶことができます。
経済学・経済政策
経営の意思決定で必要なマクロ経済学、ミクロ経済学の知識が問われます。需要曲線と供給曲線など、図表が多いのも特徴です。試験時間は1時間で、配点は各4点です。
23年度は、国内総生産、変動為替レート、情報の非対称性、ゲーム理論などに関する問題が出ました。
大学で経済学を学んでいた方なら取り組みやすく、貿易統計などの時事問題や為替に関する出題もあり、海外との取引を重ねている企業の方は、優位かもしれません。ただ、普段の実務では触れる可能性の低い経済理論に関する問題も多数あります。
理論が多く、実際の経営との関連性が見い出しにくい科目に思えるかもしれません。しかし、為替リスクや金融緩和政策の見直し、最低賃金の引き上げなど、経済情勢が中小企業に与える影響は時に甚大です。後継ぎ自身が早い段階で経済理論の基礎を学ぶことで、家業を取り巻くリスクやチャンスにいち早く気づき、理論に裏打ちされた手立てを打てる可能性が高まります。
中小企業経営・中小企業政策
中小企業を巡る統計データ、補助金などの支援制度に関する問題が問われます。問題のうち半分は、試験前年の中小企業・小規模企業白書に載っているデータから出題されるのが特徴です。試験時間は1時間半で、配点は各2~3点です。
23年度は、中小PMIガイドライン、デザイン経営、IT導入補助金、事業承継税制などが問われました。
補助金申請や優遇税制の活用などを手がける方は、なじみの深い問題もあるかもしれません。しかし、試験で問われる支援制度は多岐にわたり、年によって仕組みが変わるケースも少なくありません。さらに白書からの出題では、統計データを把握していないと、解くことができません。
国は中小企業支援のメニューを拡充させており、診断士試験の勉強によって、支援制度を自社の成長にどう生かすかを考え、周囲を動かすきっかけにできます。中小企業白書の統計データからは、自社が属する業界が中小企業全体でどのような立ち位置を占めているかなどを把握でき、デザイン経営のような経営トレンドに触れることもあります。事業成長のヒントをつかむ機会になるはずです。
経営情報システム
中小企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を意識し、経営戦略構築や組織革新に必要な情報システムの知識が問われます。
23年度は、ディープラーニング、ストレージ技術、ネットワークセキュリティーなどに関する問題がありました。
エンジニアやIT企業出身者なら、親和性が高い科目です。ただ、エンジニアでも頭を悩ませるような難問もあるうえ、情報システムは日進月歩です。トレンドとなっている技術に関する問題も出るため、情報技術への感度を高くしないと、対応に苦労する印象でした。
非IT系企業でもDXが叫ばれ、社内システム構築や情報の一元管理といった課題を抱えています。外部企業と改善に取り組むケースが主流ですが、後継ぎ自身が情報技術に関する知識に触れておけば、自社の課題感に沿った要件定義ができ、親世代や従業員を説得する材料にもできるはずです。また、中小企業が狙われがちなサイバー攻撃への備えにも、一歩を踏み出すことができるでしょう。
専門職と渡り合うための土台に
筆者自身、経営課題を掘り下げた原稿や、専門家の方の解説記事を編集する機会が多数あります。道半ばですが、1次試験で幅広い経営知識に触れたことで、以前より読者目線で原稿を深掘りできるようになったと感じています。
後継ぎの皆さんも、経営者という立場になれば、社内のエキスパートはもちろん、中小企業診断士をはじめ、弁護士や税理士、デザイナー、エンジニアなどの社外の専門職とコミュニケーションを取る機会も増えてくるでしょう。
ただ、自身が全く知識のない「丸腰」の状態であると、専門職の指示やアドバイスが、自社の置かれた状況や外部環境に照らし合わせて適切かどうか、という判断が難しくなります。
診断士試験を通じて横断的な知識を身に付けることで、社内外の専門職と対等なコミュニケーションができ、新たな経営戦略を実行するための武器にできる可能性がある、と筆者は考えます。
※後編は2次試験の合格体験をもとに、さらに経営に生かせそうなポイントをお伝えします。