親族内承継のボトルネックを解消し事業成長するヒント 中小企業庁が分析

日本の中小企業は近年、経営者の高齢化が深刻な課題となっており、事業承継の円滑化が喫緊の課題となっています。こうしたなか、中小企業は事業承継の就任経緯で大半を占める親族内承継に着目し、ボトルネックを特定したうえで事業成長に必要な要素を分析しようとしています。
日本の中小企業は近年、経営者の高齢化が深刻な課題となっており、事業承継の円滑化が喫緊の課題となっています。こうしたなか、中小企業は事業承継の就任経緯で大半を占める親族内承継に着目し、ボトルネックを特定したうえで事業成長に必要な要素を分析しようとしています。
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中小企業庁の「中小企業の親族内承継に関する検討会」で紹介されている中小企業庁の「中小企業実態基本調査(2024年速報)」によると、中小企業の社長の就任経緯を見ると、創業者(49.7%)や親族の後継者(39.3%)といった企業の割合が90%を占めています。
こうしたファミリービジネス(同族所有、同族経営、同族所有+経営)には、いくつかの強みがあります。
このほか、創業家の発展や外部関係者との関係性継続(利他)を重視するスチュワードシップ理論や、社会的地位、一体感といった非経済的利益(社会的情緒資産:SEW)の維持、独自に培ってきたノウハウ、文化、ネットワークをコアコンピタンスとするという意見もあります。
一方で、ファミリービジネスには、経営者の独善的な行動や、成長意欲の減衰につながるリスクをはらんでいると指摘しています。また、非ファミリービジネスに比べて、資金調達や後継者の選択肢が限定される傾向があります。
また、親族内承継は、経営者の急逝など十分に準備できないまま、事業承継の手続きを進めるという事例も少なくありません。
2021年の日本政策金融公庫「子どもの事業承継意欲に関する調査」(承継者:155者、後継者予備軍:198者)によると、承継したい・してもよいと考える「後継者予備軍」は、事業への興味ややりがいといった「事業の魅力」を事業承継の理由に挙げる割合が高い傾向にありました。
しかし、すでに承継を実施した「承継者」は、「廃業させたくなかったから」や「他に継ぐ人がいなかったから」といった、事業の継続を目的とした理由が多く挙げられています。事前に承継を想定していなかったものの、事業存続のために決断した者が多く存在することを示唆しています。
2021年の日本政策金融公庫「子どもの事業承継意欲に関する調査」(承継者:155者、承継決定者:280者、後継者予備軍:198者)によると、親族内承継を実施する企業の後継者の事業拡大意欲を見ると、「現状を維持したい」と考える者の割合が半数近くで最も多く、平均的にみると、成長志向を持つ後継者が少ない可能性も指摘されています。
また、2025年2月に中小企業の後継者(アトツギ)に対して実施したアンケート調査(回答者1851者)や2023年の日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査(現経営者313者)によると、中小企業の後継者候補や現経営者が事業承継をするうえで最も不安に感じること・課題に感じることは、自身・後継者候補の経営能力となっています。
こうした課題に対し、中小企業庁の資料では中小企業の後継者(アトツギ)が事業成長でき得る要因をいくつか挙げています。
中小企業実態基本調査を分析したところ、代表が親族内承継で就任した企業のうち、代表の現年齢が60代(2022年時点)の企業について、直近(2020~2022年)の売上高の増加率をみると、後継者が若い段階で代表に就任している企業ほど売上高を増加させている者の割合が高い傾向がありました(※すべての会社に当てはまるということではなく“傾向”です)。
中小企業庁主催の「アトツギ甲子園」も出場後に現経営者との承継に向けた踏み込んだ話し合いや事業化に向けた具体的な調整が進むきっかけになっていると指摘しています。
井口衡(2020)「同族的企業における事業承継の不確実性と長期的投資行動」の調査によれば「同族企業経営者が自らの子供に対して事業承継を期待している場合、彼らは社会情緒的資産の損失を恐れ、長期的投資を無意識的に避けるかもしれない」ことや、「事業承継における不確実性を減らすことで,同族中小企業による長期的投資を促進することができる可能性」が示唆されているといいます。
1962~2000年に日本の上場企業を対象とした分析によれば、血縁関係のない親族(婿養子等)が後継者となった場合、親族でない者が後継者となった場合と比べて、承継後にROA(総資産利益率)と売上高を有意に増加させるという調査結果があります。
一方、諸外国における他の文献の分析ではファミリー企業のパフォーマンスの低さが指摘されており、日本では異なる結果となっています。
これについて、日本のファミリー企業が外部から優秀な婿養子等を親族として迎え入れているという独自の慣習が影響していることや、血縁関係のある親族が潜在的な脅威にさらされることで、自らの能力を向上する努力を促している可能性が示唆されています。
中小企業が持続的に成長していくためには、与えられた経営資源を効率的に利用する「通常能力」に加え、環境変化に対応して自己を変革する「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」が必要とされています。
2020年版ものづくり白書に掲載されたデータによれば、新事業分野への進出等の戦略や新規施策は業績に好影響を与えているといいます。さらに、後継者の他社経験、とりわけ異業種他社経験は、自社経験と比較して強い効果が示唆されました。
米国の実証研究によると、起業家が多い地域で幼少期を過ごした子どもは将来起業家になる割合が高いといい、日本でも、起業家が起業に当たり最も影響を受けた者として、身の回りにいた起業家、成功した著名な起業家を挙げています。
つまり、イノベーティブな後継者を育成するためには、環境要因が重要であることが示唆されています。
100億企業への成長意欲をもつ中小企業経営者にヒアリングをしたところ、成長志向に至ったきっかけとして、経営者の生来の気質による場合もあったが、優れた経営者との交流などがモチベーションを持って動き出すきっかけとなった経営者も見られました。
そのため「成長志向の経営者を増やしていくためには、成長への期待を高めるとともに、自分事として捉えて動き出すきっかけづくりを促進することが重要」だと指摘しています。
事業承継後に企業を成長させている経営者の例として、中小企業庁は以下の3社を紹介しています。
3社に共通するのは、創業者や先代経営者のワンマン経営や既存事業に依存しがちな企業風土に対し、事業の棚卸を行い、従業員への役割の明確化、モチベーションを維持に向けた取組を実施しているところにあります。
また、自身の経営資源の価値を再定義し、既存事業にとらわれない企業革新や新しい取組を実施している一方で、創業者や先代経営者が培ってきた企業文化を重視している点も共通しています。
日清食品ホールディングスの代表取締役取締役社長・CEO安藤宏基さんは、37歳で経営トップに立った際、「カップヌードルをぶっつぶせ」というスローガンを掲げ、創業者である父親のワンマン経営スタイルから、多くの社員が参画して運営するシステム経営へと転換しました。
また、ブランドごとに責任者を置いて競わせる「ブランドマネージャー制」を導入しました。
ジャパネットホールディングスは元々、前社長を中心に役職者や役員が数名程度で前社長を中心に事業を進める企業方針だったといいます。
一方、社長兼最高経営責任者髙田旭人氏は、信頼できる社員に任せることで幅広く対応でき、総合力で事業を強くできると発想し、事業承継後、役職者300人程度を抜擢、さらに従業員自立型の「考える会社」にするための組織づくりを実施しています。
かつては、体脂肪計で特許を取った成功体験から新規事業に取り組む組織風土ではなく、危機感が低い状態でした。
そこで、タニタ代表取締役社長谷田千里氏は、危機感の低さや仕事のやり方を改革していくべく、人事制度改革や社内環境整備を実施。また、自社の製品を社員に配布し、商品・サービスの課題を探り、自分たちが感じた不便さや改善点を商品開発に生かし、サービスの向上につなげると同時に、社員の健康を増進する健康経営にも取り組んでいます。
日本は、2050年までに生産年齢人口が2020年比で約26%減少する見込みであり、特に地方では3割超の減少が見込まれています。人手不足感は特に中小企業で強く、雇用者数の減少も地方部で顕著です。このような環境下でも、中小企業が生き残るには持続的な成長が必要です。
親族内承継は日本の多くの中小企業にとって引き続き主要な事業承継手段であり、その円滑な実現と、承継後のさらなる成長・発展を促すことが、地域経済の活力維持・向上に不可欠です。
そのためには、事業承継税制のような税負担軽減策の継続検討に加え、後継者の経営能力育成を後押しする政策が今後の日本経済の持続的な成長の鍵となるでしょう。
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