目次

  1. デザイン経営とは
  2. 従業員の力を生かしている事例
    1. ファミリア
    2. ソーキ
    3. ヤマコー
    4. セブンハンドレッド
  3. 従業員の主体性を生み出す工夫とは

 デザイン経営は、社会のニーズを顧客目線で掘り起こし、デザインの力でブランドやイノベーション力を高めて、企業価値をバージョンアップする取り組みです。単なるロゴや看板、商品の刷新だけでなく、企業理念や組織全体の見直しにまで踏み込みます。

 経済産業省・特許庁もデザイン経営に力を入れており、2018年には「デザイン経営宣言」という報告書をまとめました。

 デザイン経営は、経営者とデザイナーが同じ目線で行うのが必須条件ですが、組織の見直しにつなげる以上、現場の従業員が動かなければ、前に進みません。

 特許庁が21年に発行した中小企業向けのガイドブック「みんなのデザイン経営」でも、経営者が社員の行動変容を促すことを推奨しています。

 では、デザイン経営を進める企業は、どのように従業員の力を引き出すべきでしょうか。

 デザイン経営に従業員を巻き込んでいる企業は、業種の違いや規模の大小に関係なく生まれています。ツギノジダイでこれまでに取り上げた実践例を紹介します。

 ベビー・子ども関連ブランドのファミリア(神戸市)社長の岡崎忠彦さんは、創業者の1人である坂野惇子氏の孫です。子供服の販売だけでなく、「子どもの可能性をクリエイトする企業」と位置づけ、「for the first 1000days」というビジョンを定めました。

 デザイナー出身の岡崎さんは03年に家業に入り、社内をきれいにするという地道な作業から意識変革を促し、社内で人を褒める文化も育てたといいます。

ファミリアが開いた「こどもてんらんかい」(同社提供)

 19年に開いた「こどもてんらんかい」というイベントでは、ワークショップで子どもたちが制作した作品を、ファミリアのデザイナーが、洋服や雑貨という形で再現しました。岡崎さんは「うちのスタッフたちが自ら手を上げて洋服を作り始めました。子どもの可能性をクリエイトするという言葉を作ってよかったです」と振り返ります。

 デザインが持つ力を、従業員のボトムアップで形にして、企業理念を体現した好例と言えるでしょう。

 大阪市の計器レンタル会社「ソーキ」は、2020年に全社一丸でデザインを用いた改革を進め、ロゴを一新。「『はかる』の未来を創起する」という新たなタグライン(企業理念)も作り、ホームページもリニューアルしました。

ソーキはデザイン経営の取り組みで、ロゴやタグラインを一新しました

 同社は、デザイン経営を支援する企業・ロフトワークの力を借りながら、現場社員に、会社の強みや弱み、仕事のやりがい、働く上で大切にしていることなどを丁寧にヒアリングしました。営業や商品企画だけでなく、機材管理やメンテナンスなどのバックオフィス部門も対象にしたのが、大きな特徴です。

 社内横断的に出た声は付箋に書き出し、何千枚もの意見をデータ化し、課題を抽出しました。同社の担当者は「社員一人一人が自社を見つめ直さないと、デザインによるCIの構築もひとごとになります」と強調しました。

 40人に満たない従業員数で、デザイン経営を取り入れようとしているのが、大阪府東大阪市の鍛造部品会社ヤマコーです。

 同社は自動車やバイク、鉄道などの鍛造部品を作るBtoB事業を中心でしたが、BtoCを意識した「鍛造なべ」の開発に取り組むことで、デザイン経営を進めようとしました。

ヤマコーのデザインチームは、それぞれニックネームで呼び合いました(同社提供)
ヤマコーのデザインチームは、それぞれニックネームで呼び合いました(同社提供)

 3代目社長の山本晃永さんはプロジェクトを進めるために、自身も含めた5人の社内チームを作りました。フラットな関係で意見を出し合えるように、役職ではなく、ニックネームで呼び合うようにしました。

 ミーティングでは「プラスプラスプラス思考」というルールも作りました。山本さんは「意見が出たら否定せず、『いいね!』と言い合う。でも、それだけで終わらず、『もっとこうしたらいいんじゃない?』と、さらにプラスする意見を重ねています」と話し、社員が意見を出しやすい環境作りを進めています。

 栃木県さくら市でゴルフ場を運営するセブンハンドレッドは、デザイナーや建築家と従業員をつなぐために、チャットツール「Slack」を活用しました。

 同社はデザイン経営の一環で、21年4月、ゴルフ場近くのホテルをリニューアルしました。デザイナーや建築家の力を借りて、エントランスの改修やロゴマーク、グラフィックの作成を進めました。

セブンハンドレッドがリニューアルした「お丸山ホテル」の大浴場(同社提供)
セブンハンドレッドがリニューアルした「お丸山ホテル」の大浴場(同社提供)

 社長の小林忠広さんは、「トップダウンだったセブンハンドレッドのカルチャーを変える」として、デザイナーや建築家にも社内のSlackに加わってもらいました。

 「会社組織では、意思決定のプロセスを知らされず、気づいたらプロジェクトの方向性が決まっているようなことが、珍しくありません。しかし、誰かが勝手に決めたことをやらされるのは、モチベーションが上がりにくい。だから、Slackでのコミュニケーションは、全てオープンで、個別のチャットも作りません。私が話していることはもちろん、お金にまつわる話など、誰でも見ることができます」

 全員がSlackでつながっているので、社員から直接、デザイナーや建築家に相談したり、デザインをお願いしたりすることもあったといいます。

 デザイン経営に取り組む会社は、経営者やデザイナーが一方的に案を押しつけるのではなく、従業員の主体性を生み出す工夫を凝らしています。業種や規模感は違っても、必要なのは丁寧なコミュニケーションです。デザイン経営の専門家であるHAKUHODO DESIGN代表の永井一史さんは、次のように語ります。

 「社員は組織の人間であると同時に、ひとりの生活者でもあります。つまり、社員一人ひとりが自社に対して抱える思いは、その先の顧客や社会が求めている価値を考えるうえでヒントになるはずです。『みんなで決める』ことは、理念が腹落ちしやくなるだけでなく、企業が進むべき道を俯瞰的に決めていくうえでも有効な手段でしょう」